今なお日本に浮かぶ戦艦大和『アルキメデスの大戦』レビュー【ネタバレ】

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こんにちは、某映画の予告で聞こえる「中華の三大珍味知ってた?」が頭から離れないワタリ(@wataridley)です。

今回は三田紀房による同名の漫画を原作した映画『アルキメデスの大戦』の感想を書いていきます。

監督は『永遠の0』『STAND BY ME ドラえもん』などで知られる、日本のヒットメーカー山崎貴。

戦争を題材としている点、また持ち前のVFXで現存しない兵器を描くという点において、『永遠の0』を思わせます。断っておくと自分は『永遠の0』が苦手で、一度見たきりもう二度は見るまいという評価でした。

そういうわけで『アルキメデスの大戦』は本来ならスルーしてしまうところでしたが、公開後の評価は軒並み高かったことから鑑賞に至りました。

巨額の国家予算が投じられる戦艦大和の建造に潜んだ欠陥を1人の数学者が暴き出すというプロットは、いみじくも現代日本にまで続く病理を想起させます。戦争に向かう日本の当時の危うい姿が決して過去のものとは切り離すことができないという自己批判精神を見せつけられ、最後には重い鉛を撃ち込まれたような衝撃をかっ喰らいました。

以降、ネタバレを含んだ感想を書いていきますので、未見の方はご注意ください。


80/100

ワタリ
一言あらすじ「戦艦大和に擬えた日本の寓話」

とても高い娯楽性を持った歴史エンターテインメント

主演の菅田将暉が天才数学者に扮し、老獪きわまる保守派の軍人達に斬り込む。この構図は、ポピュラー時代劇のようである。刀こそ交えねど、甘い蜜を吸ってのさばり、しかも国家を戦争に向かわせようとする悪代官を退治するのだ。

義理人情に厚いお侍や公正な役人が、菅田将暉演じる櫂正(かい ただし)と舘ひろし演じる山本五十六。彼らがいかにして勝利するのかを見守っているうちに観客も否応無く熱が上がっていく。

そうした明確な善VS悪の構図の中、当初は反発していた人間が協力的になっていくバディムービー要素や、数学という本来地味な武器を印象付けるハッタリの効いた演出、異なる意見を有した者同士の熾烈な言い争いといった仕掛けがいくつも配置されている。そして、冒頭に示された史実や今作の物語の結末と照らしわせると、それぞれがきちんとした意味を持つ。見ている最中に感覚レベルで楽しめるだけではなく、頭を使ってみてもその巧みさに唸らされる。

 

バディムービーとしての心地よさ

山本五十六の手引きにより軍の少佐になった櫂直と、それについて少なからず蟠りを抱えていた田中正二郎少尉が、共通の目標に向かっていく中で結託を強めるというバディムービー要素は、今作における見所のひとつだ。

数学の天才である櫂とは対照的に、この田中少尉は特に際立ったスキルを見せることはない。言わば、櫂の異質さをわかりやすく観客に伝えてくれる(軍属だが)一般人代表である。メジャーを取り出して周囲のものを測り始める櫂を怪訝そうな顔で見る田中少尉がいることで、櫂の常識破りな一面が強調される。

また一方では、軍の階級社会に慣れない櫂と観客は目線が同じになる。そこで田中少尉は両者にとって親切なナビゲーターとしての役目も担ってくれている。上司である山本をはじめとした他の軍人に対して形式ばった礼儀を見せることで、個人の意思では動かせない確固たる体制を感じさせる。それだけに、くだけた物言いをする櫂に苛立ち敬語を使うように頼む田中少尉というやりとりは、彼らの性質を浮き彫りにしていて面白い。

当初は無理難題を押し付けられた者同士ではあるが、現状を打破するためならできることは何でもやるという櫂の徹底ぶりに胸を打たれた田中が彼を見直すシーンは、ベタながらも柄本佑の真剣な顔つきから感じ取れてる尊敬の念が印象に残る。そしてお互いに戦争を阻止するためという真っ当な理由でひとつなぎになり泥臭く奔走していく姿を見ていれば、俄然彼らに肩入れしたくなるものだ。

リズミカルに繰り広げられる菅田将暉と柄本佑の掛け合いも心地よい。非凡な言動を取る櫂に対して驚きを見つつも協力する田中という組み合わせは、ホームズとワトソンを思わせるコンビネーションだ。両者ともに昭和に生きる若造らしい顔立ちで、軍服姿で古めかしい言い回しをするのがよく似合っていて、台詞にある外連味がいっそう強められていた。

(C)2019「アルキメデスの大戦」製作委員会

 

数学の天才を描写する上でのハッタリ

櫂正の傑出した数学の才をいかにして描写するかというのは、この手のキャラクターにつきまとう課題である。

今作ではドラマ『ガリレオ』の湯川学よろしく、数式を可視化して空中に浮かべる、紙や黒板に書きなぐるといったオーソドックスな表現が散見されるものの、菅田将暉のきびきびとた挙措によって差別化は十分。メジャーで物を測り出す描写ひとつ取っても、美しく直線的に腕を動かしていて、これならたしかに正確な計測ができそうだ、と思わせる。机やボードに向かって何かを書いている時の表情や目の動きに至るまで、一挙手一投足に説得力がある。傍目から見て嘘っぽさがないので、見ているうちに自然と彼が数字に厳しいのだという刷り込みも成功している。

正直言って、彼が書いている設計図や数式といったものの中身は自分には全くわからない。そもそも詳細な解説がほとんどないように、わからせようという意図もこの映画にはないようだ。

その代わりに、周囲の人物によるリアクションで櫂の数学的スキルを立てるというアプローチを取っている。これはマスに向けた手つきとして正しいと思う。つらつらと数学の解説をされたところで限られた時間内で理解させるのは限界があるし、そもそも映画を見に来ているのに単なる知識披露は地味というほかない。だから、わかりやすい台詞や演技に委ねて、事態が転がっていく。櫂が出した解が周囲を一変させる様を見ていれば、自ずとすごいことをしているんだなと理解できる。一晩で読んだという専門書の数々や見るからに難解そうな設計図といった小道具もさらりと見せることで、わざとらしいと感じさせずに、櫂の非凡さを訴えている。

このように、一見地味な要素をうまいこと映画の中で成立させられたのは、ひとえにわかりやすいエンタメを撮ってきた山崎貴監督の手腕によるものだろうと思う。

(C)2019「アルキメデスの大戦」製作委員会

 

のっけから沈没する戦艦大和によって引かれる誘導線

この映画はまず最初に1945年の戦艦大和沈没を映し出す。『永遠の0』『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』などでも発揮されている白組の突出したVFX技術によって、今は亡き戦艦大和がスクリーンに堂々と登場するというだけでも驚きだが、加えて大和が大量の米爆撃機に蹂躙される惨状が容赦なく描かれるのだから、息を呑むという言葉がこの映像にはよく似合う。

目一杯声をあげて敵機を狙うがその甲斐も虚しく兵士たちは撃たれ、血で濁った海水は船体を揉む。制御不能となった大和は丸ごと傾き、必死にしがみつく兵士たちの姿が多数。ついには転覆し、海水に打ち付けられた大和からは不穏な黒煙が上がり続ける。

このシーンには台詞らしい台詞はなく、激しい戦場の空気から静かに見せつけられる両軍の違いまでもが映像で語られる。四方八方から攻撃を浴びせてくる敵機を可動域が限られた大和の砲台だけで相手するのは至難。やっとの思いで1機を撃墜しても、敵機は海に落ちた兵士をあっさりと救出して去っていく。一兵士はあっけらかんとそれを見逃すしかない。史実において、大和はその巨体に見合わず3機しか撃ち落とすことができないまま沈んでいったという。

「大和建造を阻止する」という筋書きに一見反しているこの倒置によって、観客である我々は正答を確信する。大和が沈んだという事実がこうも克明に描かれているのだから、大和を建造する平山案支持派が間違っており、航空母艦の必要性を訴える山本五十六達が正しいにちがいない。正義は航空母艦にあるのだ、と。

これこそが壮大なミスリード仕掛けである。冒頭の大和の撃沈があるから、結局は戦争への一本道を突き進んでしまうことついては承知の上で物語を追う。櫂の数学的正しさは敗北し、持て囃される蛮勇が勝利し、そして倒壊する。しかし、今作はそうした表面的な事象に向かうだけでは終わらせない。大和を巡る新たなる解釈が、よりいっそう現代にまで続く病を色濃く浮かび上がらせるのである。

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(C)2019「アルキメデスの大戦」製作委員会

 

筋道立てつつ、緩急を巧妙に使い分ける会話シーン

今作は筋道立てて観客を引き込み、その上で予測の斜め上の快感を与えてくれる。

当初は軍人が嫌いだとしながらも山本によって戦争への不安を植えつけられる櫂の描写も順序立てて描写される。櫂の数学の才をまずは投扇興で見せておき、それと並行して彼の経歴を開示する。山本の櫂への関心をここで誘っておいて、建造費の虚偽記載を暴き出せれば、状況が打開できるという流れになっていく。そこから櫂の自宅への訪問に至る。舘ひろしの物腰柔らかな話し方の中に戦争への危機感を感じ取り、櫂のみならず自分もその未来の回避に真剣になるわけであるが、櫂自身は一旦は合理的な行動選択としてアメリカ行きの船に搭乗する。そしてここで決定的な契機となるのが、先に山本から聞かされた話のヴィジョンだ。大和のVFXも凄かったが、この場面でも効果的に燃えて暴れる人の姿や空襲を受けた街並みが、櫂の心を動かすに足る残酷さを訴えてくる。場面ごとに段階的に変化や布石を打っておき、ここぞというところで決定打を与える構成がうまい。振り返ってみると櫂を説得する際の山本はどことなく後ろめたさを思わせるように、視点がズレているような向きで語っているのも後になって唸らされた。

会話シーンを盛り上げる算段も巧みに感じた。例えば、最後の決定会議では「(計算終了まで)あと10分」という状況説明がなされるが、ここに至るまでに相手側も早々に会議を終わらせるという姿勢を見せていること、議長も平山案側に付いていることなどの情報を提示しているので、答えはすぐそこにあるはずが、このタイムリミットが執拗に焦りを与えてくる。横道に逸れていく議論などはリアルな場の過熱ぶりを見せていて、臨場感も得られる。ベテランの俳優を配置していることで、台詞の応酬においても単調には陥らず、緩急の波で飽きさせない。これらもやはり観客の反応をうまく見計らってきた山崎貴監督の成果ではないだろうか。

(C)2019「アルキメデスの大戦」製作委員会

 

日本の象徴としての戦艦大和

非合理が合理を押し退ける

時代遅れとなってきていた戦艦よりも空母の建設を推し進めたいという山本は、実は戦争を回避するためではなく寧ろ有利に進めるために平山案に反対していたという事実が最後には明らかになる。史実における山本五十六を見れば驚くべきことでもないだが、この映画において戦争に心から反対していた真の合理主義者は櫂ただ1人だったということになる。

物資も技術も圧倒的な差をつけられている国を敵にするなんて自殺行為なのだけれど、当時の肥大化した臣民たちの愛国心に加えて、財閥と利害関係を結んだ軍部が決定権限を行使する体制は歯止めをかけるどころかそれを促進し、国全体がおかしな方向へ突き進ませていく。

少し冷静になって考えてみればすぐにわかりそうなことでも、人は感情を優先してしまうと正しさが見えなくなってしまうものである。それに抗していこうとしたのが今作の主人公である櫂だった。

一度は決定会議において平山案の欠陥を指摘し、空母の建造に寄与する櫂であったが、彼を引き入れた山本は専らの軍人。そんな中で、平山造船中将に呼び出されて聞かされる話がこの映画における最大の主張となっている。

日本が戦争へ突き進むことは不可避。であるのなら、いっそ日本を象徴する立派な戦艦を作り、それが沈む様を見せてやろうじゃないか。日本を意味する大和という名の戦艦が沈んだ時、戦意高揚に踊らされた国民はようやく敗北感を味わうことができる。一億総玉砕を食い止めるにはそれしかないのだ、と。

この論理は、なんとも言いようがないほどに諦念に満ちていて残酷である。しかし櫂はそれを否定する論拠を持ち得ない。それどころか一度は自らの手で完成させてしまった大和を見てみたいという狂気すらも抱えている。数学的正しさを信じていた男でさえ、戦争に突き進む非合理に打ち勝つことはできず、遂には戦艦大和は建造されることになる。

もちろんこのエピソードは完全な創作ではあるのだが、妙な説得力を持っている。わざわざ沈めるために大和を造ったのだと言われてもそんな馬鹿な話があるものかと否定しきることができないまでに、当時の日本は戦争に過度な熱を上げていた。そうでもなければ、多大な犠牲者が出るまで戦い続けるなんてことはしなかったはずだ。

今作は平山案の虚偽を見抜こうとするドラマがこれまで述べてきたように魅力的で、また強く感情移入させられるものであった。それだけに、無残にも太平洋戦争という荒波に飲まれてしまう今作の結末は、史実とはまた違った形で絶望を植え付けてくる。『アルキメデスの大戦』は、数学を使って解を導きだす過程を描いておきながら、それが全く通用しない人間の業を訴えかける映画なのだ。

(C)2019「アルキメデスの大戦」製作委員会

 

戦艦大和は今もなお

日本は太平洋戦争の敗戦を経て変わったのだろうか?サンフランシスコ講和条約で正式に終戦して以降、たしかに国際貿易や文化交流の面で他国と繋がり、また国内においても様々な社会システムが変えられてきた。1964年に開催された東京オリンピックはインフラの拡充によって見るからに交通網を発達させ、経済的な成長と国際社会への復帰を印象付けるイベントとなった。あの時に比べれば、我々は総じて豊かな生活を手にしているということには疑いようがない。

しかし、今再び東京オリンピックの開催を控えた日本は、非合理が合理を蔑ろにする問題が山ように残っているように思う。性別や国籍を理由とした謂れなき差別、従来より続いてきたからなどという理由で罷り通る非効率な雇用形態、基本的人権を軽視する刑事裁判制度などは依然として問題視され、中には国際社会からの批判や勧告を受けても、据え置かれている。

そもそも此度の東京オリンピック開催自体の必要性も疑問視されている中で、取り決められたことだ。2011年3月11日に起きた震災をはじめ、他に改善すべき問題があるだろうと言われている中、莫大な税金を投じてまで開催する意味はどこにあるのだろうか。開催前の準備において次々と明らかになっていく不正や問題を見ていると、一部の人間の取り決めに全体が振り回され、もはや国民感覚なんて知ったことではないというふうに見受けられる。格差が広がりつつある現代において、財閥とはまた違う上の支配者が勝手に決めているのではないかと疑うこともある。

開催にあたって建設された新国立競技場は、驚くべきことにクーラーがないらしい。しかし近年の東京の気温は厳しい暑さに見舞われており、医学的な見地から健康に害するとの指摘もなされている。

建造された戦艦大和は沈んでしまったが、今も日本の非合理的な考え方としてこの社会の空を浮かび続けている。そんな気がする。

 

まとめ: 山崎貴監督は東京オリンピックをどうするのか

監督を務めた山崎貴監督は、冒頭述べた通り日本有数のヒットメーカーであることから、2020年東京オリンピックの開会式・閉会式のプランニングチームの一員として、国の一大イベントに携わるらしい。この映画を観た後だと、少なからず巨額の支出をするイベントに対して思うところはあるんじゃないかと思う。純粋にどんな催しになるのか自体が気になるし、彼の動向に注目したくもなった。

それにしても、これまで数多くのエンタメをヒットさせてきた手腕を社会派で切実なメッセージの発信に用いて見事な作品に仕上げたことにも驚かされる。これまでの彼の作品はいずれも商業主義的な一面が目立ちすぎていて相性があまりよくなく、いずれも酷評気味だったが、今年公開の『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』とこの『アルキメデスの大戦』は自己内省をそこはかとなく感じ取れていて、映像作家として次の段階に進もうとしているのかと推察している。

今年はなんと冬に『ルパン三世 THE FIRST』も公開を控えているというので、そちらも楽しみにしたい。個人的には、『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』のように『ルパン三世』の見方をガラッと変えるような仕掛けがあるのではないかと勝手に予想しているが、果たしてどうなるだろうか。

 

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