ワタリが選ぶ2022年公開映画ベスト10ランキング

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どうも、ワタリ(@watarildey)です。

2022年も終わりということで、今年に鑑賞した映画のベスト10をまとめていきます。

一言でまとめれば、今年は事前に期待していた話題作よりも、事前にそれほど注目していなかったり、むしろ不安を感じていたもののいざ鑑賞してみればその下馬評を大きく覆す作品が目立っていたような気がしてます。

前置きはこれくらいにして、早速10位から振り返っていきます。

 

10位 小さな子供との交流を通じて紐解かれる聖母像

セイント・フランシス

ナニーの仕事を引き受けた30代の女性の完璧でない女性とレズビアンカップルを描いた作品。「母親は母親らしく」とか「女性は生得的に子育てを心得ている」というような神話を取り外し、失敗だらけでだらしのない生活やそれでも最善を尽くそうとする姿を映し、母親達の交感を、深刻ではなく真剣に、軽々しくではなく軽やかに扱っている手付きが素晴らしいと感じた。親に失敗は許されないと言い放つマヤの告白にしろ、中絶に赴くシーンにしろ、大きな問題の山場とせず、日常的にある個人の悩みと映すことで思い出せる気楽さがある。レズビアンカップルが直面する周囲との軋轢に際しても、相手を言い負かしてスカッとする展開で溜飲を下げるのではなくて、結局完全な理解に至ることはできなくても、(子ども達を前に)人としての道徳や礼節できちんと一線を示す所に、彼女らのちょっとした強かさを感じた。主に後半にかけ、些か子供が都合のいい振る舞いになっているような危うさを感じないでもなかったが、とはいえ大人たちの抱える息苦しさを子供を見守り共に過ごす日々によってさりげなく解体していく一作であったと思う。

 

9位 10年を経て「きっと何者かになれる」へ

劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM 後編 僕は君を愛してる

2011年に放送された『輪るピングドラム』の10周年を記念して監督の幾原邦彦をはじめ当時の主要スタッフが集結し、『ピンドラ』を新たに語り直した作品。タイトルが示すように、今作は愚直なまでに人から人への愛を主軸に語られている作品なのだが、2022年とあってその鮮度があまり落ちていないどころか、むしろ今語り直すことでそのメッセージ性がより威力を持っている点に驚かされる。1995年に起きた事件から着想を得て、今作には親からの愛を呪いのように引き継いだ“子どもたち”が多く出てくる。自らの運命を自らで決められず、夢を持とうにも親世代に由来する呪いがその可能性を阻害する(劇中のセリフでは「きっと何者にもなれないお前達」と表現される)。一方で、劇中で行われる呪いの諸根源たるテロリズムもまた、子どもブロイラーなる施設へ送られ透明化される子どもの救済を動機として行われているという構図があり、高倉家に象徴される子どもたちはみな雁字搦めにされている不条理な構図が幾原邦彦の十八番である象徴的なモチーフや演出を交えながら容赦なく描かれている。その理不尽な状況から相手を助け出す手段としてピングドラムなる謎が中心に据えられるのがTV版『輪るピングドラム』であり、その解決自体に今回の劇場版に差異はない。ただ、その捉え方は10年を経てより前向きに変わっている。この総集編は言ってしまえば後編の新作パートのクライマックスで桃華によって高らかに宣言されるある言葉に集約されうる作品ではあるのだが、10年の間に未だに続く閉塞感やそれを裏付けるように加速させるようにして聞こえてくる“子どもたち”の話を経て、それでも宣言される「きっと何者にもなれない」からの覆しは、作品からピングドラムを受け取ったファンへの最高の手向けでもあるだろうし、これから『ピングドラム』に触れる人達への今なりのバージョンアップとなっているはずだ。

 

8位 厳しい現実に打ち克つための舞い

雄獅少年 少年とそらに舞う獅子

中国の3DCGアニメーションの凄味を存分に味わえた一作。人物の表情や挙動は流石にディズニーやドリームワークス等のワールドワイドに展開しているアニメーションスタジオには及ばないが、それらに肉薄する映像クオリティであることには間違いなく、中国ではこのレベルの3DCG作品は珍しくもなくなっていることや日本国内の3DCG作品の現状を鑑みると、少なくとも日本では追従できないレベルに達しているのではと思わせられる。筋書きこそ直球なスポ根モノの定石を外さない展開が前半続くものの、それを多彩なカメラやメリハリの効いた演技と間のリズムで心地よく見せてくれる。王道の面白さを存分に味あわせてくれるその前半から後半は一転して、重々しい中国の経済格差の様相を提示してくる。社会問題を作品に内包させつつ、この作品の主題である獅子舞になぜ主人公たちは打ち込むのかを、競技を通じた熱とラストに起こす奇跡で答えてみせている。『羅小黒戦記』に引き続き、エンタメとしての強度と現実にある問題提起を併せ持った作品であり、2023年には吹き替え版の制作と規模を拡大しての再公開も決定しているというからには、早くも2023年必見の一作だ。

 

7位 分断された国で垣間見える一致点

モガディシュ 脱出までの14日間

今年最も緊迫感を味わえた作品を挙げるなら迷いなくこれだ。舞台のソマリアの暑い気候と死と隣り合わせの緊張で汗の滲む俳優の顔が印象的だが、観ているこっちも後半ずっと顔が強張っていた。単純に生死の境を彷徨うスリラー映画としての質も圧巻だが、韓国と北朝鮮の対立を前半のロビー活動でサスペンスフルに提示しながら、状況が一変した際にはお互い探り探りに手を取ろうとする様に、国を違えてしまった“同胞”への複雑な感情が観客にまで伝播する映画の凄みが強烈だった。終盤のカーチェイスシーンなんかもう観ているこっちまで「誰も死ぬな」と念じ続けて生への執着に取り憑かれるので、冗談抜きで『マッドマックスFR』に匹敵する緊迫感だったのだ。今の邦画じゃこれほど作り込まれたスリラーは実現不可能だとも思わせられた。まず予算の額が明らかに違うし、エキストラを大投入した映像も余す事なく贅沢。汗だくの表情でその画づくりに応えてみせる役者と、考え抜かれた演出の数々。何より実際の政治情勢を扱うこの題材で企画が通り、客が観に来るという好循環が羨ましい。啀み合う者同士が利害の一致により手を組む展開から想起しがちな、息の合う瞬間や本心を曝け出しての対話がなかなか訪れず、猜疑を抱いたままの逃避行に気を張りっぱなしだが、だからこそ最後の最後やっと出てくる言葉に猛烈に感動してしまう。スリリングな逃走劇の報酬とも言えるその言葉の後、同じ民族で通じ合える瞬間への願望を刹那に叶えて観客の溜飲を下げた後に、紛れもない現実の光景をラストカットで突きつけてくる。信じていたい理想とそれが叶わぬ現実の落差に、見終えてから疲労をどっと覚えた。

 

6位 英国支配下に抗う炎と水の団結

RRR

今年に入って『ザ・バットマン』『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』が3時間を超える尺で観客のトイレ事情に不安をもたらし、もはやMCUやDCEUなどの大作映画でも平気で2時間半超えをするのも珍しくもない昨今。そんな中、最も3時間のランタイムをそうとは感じさせない圧倒的な熱量と物量で観客の時間間隔を狂わせたのがこの『RRR』だろう。今作は1919年、大英帝国による植民地支配下のインドを舞台に、反英運動を指導した2人の実在の革命家を主人公とした創作である。メガホンを取るは、ずばり『バーフバリ』シリーズでその名を轟かせたS・S・ラージャマウリ。インド人でありながら英国政府の下警察官になった男アッルーリ・シータラーマ・ラージュ(演:ラーム・チャラン)がたった一人のデモ参加者を逮捕するため大群衆の中へと飛び込んでいくオープニングシークエンスの時点で圧巻のスペクタクルが繰り広げられるが、その後にも生身で虎と張り合うコムラム・ビーム(演:N・T・ラーマ・ラオ・ジュニア)のアクションシーン、そして少年を救出するために橋を飛び降り炎と水の邂逅を果たすタイトルバック(ここまでが物語のほんの序章に過ぎないことを告げられる!)など、他の映画ならば余裕で山場たりうるシーンがキャラ描写と舞台セッティングのために仕組まれていくサービス精神に驚きを隠せなかった。また主題となっている「RRR(蜂起、咆哮、革命の頭文字)」の通り、植民地支配に抗う精神性を屈託なくスクリーンに投影しているのも、決して許容すべきでない悪虐とそれに対する抵抗の歴史の記録として印象付けられる。ともすればプロパガンダに踏み込みかねないという警戒の必要はあるのかもしれないが、植民地支配をはっきりと悪であると宣言し、苦境に立たされた者同士の友情を美徳と描く姿勢は、単純に頼もしいし、贅沢な映像で表現することによってその再確認の機会を彩ってくれている心地がする。今作は晴れて日本で公開されたインド映画の興行収入No.1を記録したことが発表されているが、それも頷ける。

 

5位 ごくありふれた景色に溶け込んだ不条理

マイスモールランド

父親が日本の出入国在留管理局(通称;入管)に捕らえられ在日クルド人の少女を描いた一作。出身コミュニティと外部との板挟みに合う女の子という構図は今年に観た『コーダ あいのうた』を連想するが、前半部分でそうした思春期的な悩みのミクロな話を描いた後、在留資格停止と入管による父親の拘束を契機にもっと根源的な人権侵害が覆いかぶさってくることによって、そういった悩み事さえもできなくなるというほどの理不尽に差し変わっていく。しかも事件や悪意を煽るような演出といった劇的さを伴わずして、当たり前の日常が脆く崩れていく過程を着々と追わされる分、問題の根が明確な悪意によるものではないという実感を深めていくこととなる。理不尽を敢えて(というより実際に近い形で)淡々と描く点では昨年にベストに挙げた『Never Rarely Sometimes Always』に近い気もする。悲劇はいつも淡々と当たり前のように起こっているということをこの映画も描いているのだ。周囲や社会の無関心故に引き起こる問題を扱うという作品の取り組みの重要性も勿論あのだが、その上で台詞に頼らない映像演出も巧みだ。「行ってきます」と「行ってらっしゃい」のやり取りの反復がやがて失われてしまう対比、県境を越える瞬間の見窄らしさ、毎朝ヘアアイロンをかける姿など、日常に溶け込み記号化されない不条理や抑圧を雄弁に物語る手腕が随所で光っている。「クルドって知ってる?」という会話を序盤と後半で反復させるのも、主人公目線でこの国に蔓延する無関心を体感させる。初めは相手も高校生だし、観客も知らなかったかもしれない。しかし散々それ故の不利を被り続けた末に、今度は大人相手にまた同じことを説明しなければならない。かように、ただ外国人であるというだけで当たり前のことが剥奪されてしまう本編の物語は苦しいが、エンドクレジットにて顔と名前を出していないがこの映画に協力したクルド人への謝意が流れてきて、物語のすぐ外側に日本社会で彼女達が表立てない現実を突きつけられる所がかなり苦しく、鮮烈な印象を残した一作だった。同じく在日クルド人を扱っているドキュメンタリー『東京クルド』も機会を見つけてぜひ見に行きたい。

 

4位 別次元から思い出が集結

スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム

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サム・ライミが監督した『スパイダーマン』シリーズの打ち切りから15年、マーク・ウェブが監督した『アメイジング・スパイダーマン』の打ち切りから8年の歳月を経て、それらのヴィランがMCU版『スパイダーマン:ホーム・カミング』『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』に連なる今作に集結するというのは予告の段階で明かされていたし、そうなれば自ずとさらなるサプライズについての想像もついていたはずだった。それなのに、スクリーンでいざその姿を目撃した瞬間は手が震えて止まらなかった。劇場内も拍手が巻き起こり、3人のピーターが会話を交わすシーンでも劇場全体から笑みがこぼれていた。この作品を語る上ではどうしてもそうした劇場鑑賞時に巻き起こった感情を中心に振り返ってしまうのだが、それも無理はないだろう。シリーズのお膝元であるMCUも似たように異なる作品のキャラクターがひとつの作品に集結する所謂クロスオーバーを売りにしたフランチャイズではあるが、この3人のスパイダーマンはそうした既定路線の交わりなどでは決してなかったのだ。過去作はいずれも打ち切りの憂き目にあい、物語は完結まで書き切ったとは言い難い状態で、シリーズファンからも「いつかは」と見られるわけもない続きを切望していた。その続きの物語がまさに今作で紡がれ、しかも相応に歳を重ねていたアンドリュー・ガーフィールドとトビー・マグワイアがその後も戦い続けていたことを出で立ちで語るというのだから、フィクションの枠組みにこちらの感情は収まってくれない。

『アメイジング・スパイダーマン2』にて果たせなかった救出を遂げるピーターを見て、自然と声を漏らし、拍手が巻き上がった劇場内の歓喜は、嘘っぱちのはずのヒーローにみんな本気で感化されてしまっていたような気さえする。こんな情感もしかしたら生涯にわたって二度とないのかも、と思わせられる作品だった。

 

3位 でも今日じゃない

トップガン マーヴェリック

1986年に公開されるや今や誰もが知るトム・クルーズを一気にスターダムへと押し上げたという映画『トップガン』は、個人的にはあまり思い入れ深い作品とは言えなかった。『トップガン マーヴェリック』公開前の予習というやや低い視聴モチベーションに、サブスクリプションサービスで自宅のモニター越しに見たせいもあるのかもしれないが、今見ればバタ臭いにもほどがあるマッチョイズムを押し出したラブロマンス、技術的成約からか狭すぎるコックピットのカットに細切れのドッグファイト描写による臨場感のなさ、序盤のピンチが主人公のトラウマを乗り越えさせるべく終盤いきなり再来する展開に代表されるややご都合主義的な脚本など、引っ掛かりを挙げればキリがないほどだ。しかし、どうしてだろう。そんな作品を前作とした『トップガン マーヴェリック』はそんな自分をも魅了してやまない2022年のエンターテイメントとして見事な栄光の復活を遂げた。基本的には、前作のメソッドをそのまま踏襲したような展開も多い。とりわけケニー・ロギンズ「Danger Zone」をバックに空母から戦闘機が飛び去っていくオープニングや無茶を冒したマーヴェリックがトップガン行きを命じられる冒頭の展開、バイクで颯爽と滑走路をかけるトム・クルーズ=マーヴェリックの画などはあまりに露骨すぎるくらいに前作をなぞっている。ただ、こうしたリフレインが単なるノスタルジーにとどまらないのは、劇中でも有人戦闘機の時代が終わりに近づいていることへの言及を以て、今作を映画産業の時代の流れと相対化させている点だ。実際に俳優を訓練して実際の飛行機に乗せて撮影なんてことは、グリーンバックの撮影で架空の景色に人を配置することが日常茶飯事に行われている昨今では逆行しているし、それこそMCUのようなメインストリームがヒーローというアイコンに俳優を沿わせるビジネスを行っていることと、トム・クルーズという唯一無二のスターが銀幕の中央に立ってその名と顔で客を呼ぶ行為とは真っ向から相反しているとも言える。そんな時代の流れにあって、トム・クルーズ=マーヴェリックが序盤に述べる「でも今じゃない(But not today.)」というラインとそれに続く今作の迫真のドッグファイトには、時が流れても不変の輝きを再現しようとする姿勢が現れていて、頼もしいと思う。願わくば、こういう映画も途絶えることなく作られ続けてほしい。

 

2位 スクリーンの向こう側で躍動するバスケ選手たち

THE FIRST SLAM DUNK

前述『トップガン マーヴェリック』に引き続いて、鑑賞前の期待値があまり高くはなかったのがこの『THE FIRST SLAM DUNK』。原作は週刊少年ジャンプに連載されていた伝説的バスケットボール漫画『SLAM DUNK』。連載終了から実に26年もの歳月を経ての映画化、しかも監督・脚本を原作者の井上雄彦自らが務めるということもあり、公開前から話題性には事欠かなかった。ただ、個人的には期待と不安とが混在したまま公開日を迎えることになった。何しろ『SLAM DUNK』は漫画としては傑作であっても、その映像化となると尋常ではないほど骨が折れるであろうことは原作の魅力を知っているからこそ想像に難くはなかった。とりわけ昨今のジャンプ漫画の映像化が、漫画特有のリズムを重視せずに、小ゴマの小ボケすらも堂々と映像に起こしてしまうぞんざいな手腕にうんざりしていたし、実際1993年〜1996年にかけて放送されていたTVアニメ版も10人の選手が絶え間なく動き続ける競技の映像化とみなした際に時間の操作がうまく言っているとは到底言えない作品ではあったように思う。そんなこともあり、事前に公開されていた3DCGの印象もあって、朝イチの回ながら怖いもの見たさの気持ちもあって鑑賞に望んだろところ、完全に手のひらを返す結果となった。第一に素晴らしいと感じたのは、やはり今作特有の時間感覚の妙だ。当たり前だが、バスケットボールは10人の選手が試合中ずっと動きっぱなしなのだ。その当たり前を本当にそのまま3DCGの技術で顯現させている。ここに感動してしまった。誰かが得点を決めてもそこでリアクションを取って時間が大きく静止するということはなく、攻守は即座に切り替わって選手たちは目的を変えて動き出す。原作にあったキャラクターがデフォルメ頭身に変化するボケ(これは原作を読んだ時の魅力のひとつであったのだが)も容赦なくこのリアルに進行していく試合描写のために省略ないし簡素化され、試合の時間をそのために停止させるようなことはない。バスケットボールに常に注意を向け続ける試合の空気がスクリーンを通じて再現されていたといってもよい。劇場内が観客席に塗り替えられる感覚は、この徹底した時間の操作によるところが大きい。しかも、今作は徹頭徹尾リアルに見せるのみならず、実際の試合ではありえない選手へのカメラフォーカスの切り替えや、原作の大ゴマを再現した決めの絵も連続的な動きの中で強調して披露される。何より、肝心なところではフィクショナルな演出に応じて時間が鈍化したりもする。原作31巻にあたる、沢北が山王チーム側で最後の得点を決めて以降の数秒は、現実的に考えればあまりに長すぎる数秒なのだが、そこに至るまでがリアルな試合に感じられただけに、そこだけ神経が研ぎ澄まされ、圧縮された数秒の中で死力を尽くそうとする桜木たちと同一の時間感覚に陥らされる。映画とは2時間程度の時間の中で登場人物や出来事と疑似的に寄り添うメディアなのだというのは頭では理解していたつもりだった。だが、今作のスポーツ描写はあまりに衝撃的で、根本から映像体験の面白さに立ち返らせられた。それが漫画家であり、職業アニメーターでもない井上雄彦によってもたらされたのだから、これは頭が上がらない。

 

1位 好きなものを好きと言うことの楽しさ

私ときどきレッサーパンダ

映画は登場人物の過ごす時間を錯覚的にでも2時間程度で体験できる装置であるというのは、『THE FIRST SLAM DUNK』でも述べた通りだが、別の面に着目すれば、その限られた時間で何を取捨選択して描くのか(あるいは描かないのか)が問われるメディアである。平たく言えば、作り手の好き嫌いが投影される装置だとも言い表せる。その点において、この『私ときどきレッサーパンダ』は作り手の好きという思いが作品にわかりやすいくらいあっけらかんと投影されていて、創作のエネルギーをひしひしと感じることのできる快作だった。主人公のメイリン・リー(通称メイメイ)は中国にルーツを持つカナダ人の少女で、ある日胸の高鳴りと共にレッサーパンダに変身し戸惑うが、それは彼女の家系に代々伝わる呪いであることを告げられる。この主人公とその友達の造形がいい。(監督の口からインタビューでも公言されているように)日本のアニメの影響を感じさせるという点でも嬉しいのだが、あけっぴろげに自分の好きなことを好きと言う女の子の快活なキャラクターがワールドワイドに展開されるアニメーション作品の主人公に据えられているというのが、まず楽しい。特に彼女たちは思春期に発露する異性に対する興味を腫れ物のようには扱わず、物語の当初の目的が「憧れのアイドルに会いに行く」というきわめて欲望に忠実なものである。これは時代が昔ならばこういうメジャー作品では撥ね退けられがちな設定のはずである。そしてまさにこれこそが今作のレッサーパンダが象徴するものでもある。今作はメイメイ達の推し活と対比される形で、娘の趣味や変化の抑制を試みる存在が、「口うるさい母親と祖母」として表現される。通常、この手の作品では娘に無理解な親が改心する、というような筋を見いだされがちなのだが、今作が面白いのは、そうした好きな物に対する女性のスタンスをジェネレーションギャップの問題として敷衍し、しいては女性の自己表現が忌まわしいものとされるレッサーパンダの呪いへと繋げてみせているところだ。実質的にもうひとりの主人公といっても過言ではない母親は、旧世代の抑圧とウーマン・リブ運動以後のフェミニズムの間で板挟みにあっている様子が描かれる。今作は監督のドミー・シーがまさにメイメイと同じ13歳を過ごした2002年のカナダを舞台にしており、いわば自伝的な要素もある作品だ。そこに監督やスタッフ自らの好きな物からの影響を投影しながらも、変わりゆく時代の間で揺らめく主体者として母親を描き、かつての景色これからの景色を同居させてみせた今作は2022年のピクサー作品としても、世界に向けたアニメーション作品としてもマイルストーンのように感じられた。

 

まとめ: 今年の締めくくりと来年の話

こうしてみると、アニメや邦画や洋画のいずれに寄っているわけでもないバランスの取れたベスト10になったように思う。ただ、実写邦画は全国規模で公開されている作品をそもそも観なくなっており、入っていないのは気にかかる。

また合計の新作鑑賞本数は80本と、特に増えているわけでもない。自分のペースで気になる作品を観てこの数字なので適正といえば適正なのだろうが、射程外の作品を観て意外なセンサーに引っかかる…という体験ができていないので、来年はもっとアンテナを広げたいと思った。その意味では、ベスト10にこそ入れなかったが、今年ミニシアターまで観に行って思わぬ掘り出し物に遭遇したと思えたのは『MONDAYS このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』が筆頭にあがる。

と、言いつつも来年の期待作はすでに大作が多い。宮崎駿『君たちはどう生きるか』を筆頭に、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』、『シン・仮面ライダー』、山崎貴『ゴジラ』、『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』、『シャザム! フューリー・オブ・ザ・ゴッズ』、『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』、実写版『リトル・マーメイド』、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』、『ちひろさん』、『エゴイスト』、『怪物』等、思いつくだけでも頭がパンクしそうな勢いだ。

また映画じゃないが来年は『ゼルダの伝説 ティアーズオブザキングダム』も発売されるので、とにかくそこまで生き延びなければという気持ちだ。

以上、個人的なベスト10とその感想にお付き合い頂きありがとうございました。また来年もよろしくお願いいたします。

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2 件のコメント

  • はじめまして。ベスト記事楽しく拝読しました!以前からワタリさんの映画評論記事が大好きで、今回もベスト記事をきっかけに過去記事に遡り、正月から読みふけって時に涙したりしていました。

    更新が難しいご事情はさまざまにおありかと思います。そんな中でもRSSリーダー以外にTwitterをフォローさせていただりして、更新即閲覧できるようにしたり、今後もすごくすごく楽しみにしていることをとにかくお伝えしたく、コメントいたしました。

    • >ashimama様
      コメントありがとうございます!楽しんでいただけたようでなによりです。
      ここ最近はTwitterでのつぶやきに偏りがちでしたが、今年こそ映画のレビューはブログの方でも定期的に更新できるようにがんばります。
      今後とも宜しくお願いいたします!

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