「最も残虐な悪の誕生」ではなく2000年代のアメコミヒーロー映画だった『ヴェノム』レビュー【ネタバレ】

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キャッチ画像: (C)&TM 2018 MARVEL

こんにちは、いくら食べても太らないワタリ(@wataridley)です。

今回の記事は、大人気アメリカンコミックの『スパイダーマン』に登場するダークヒーロー「ヴェノム」を主人公とした実写映画『ヴェノム(原題: Venom)』についての感想。

アメコミヒーローの実写映画版の成功作と知られるサム・ライミ監督の『スパイダーマン』シリーズは、今でも楽しんだ記憶がくっきりと残っています。そのリブート作であるマーク・ウェブ監督の『アメイジング・スパイダーマン』シリーズ、そしてマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の一作としてまた新たに作られたジョン・ワッツ監督の『スパイダーマン:ホームカミング』も観てきた自分にとって、スパイダーマンという存在はポジティヴな思い出を残してくれるヒーローです。

そのスパイダーマンと敵対するキャラクターに焦点を当てた『ヴェノム』を期待するのも、自然な流れでした。ヴェノムは『スパイダーマン3』にも登場していたキャラクターで、赤と青を基調としたスパイダーマンを黒く染め上げるダークでクールな展開に当時格好いいと思いました。

しかし、この時のヴェノムは原作から異なったキャラクターとなってしまっていたようで、ファンからもそうした指摘があったようです。たしかに今作『ヴェノム』と比較するとあからさまに体格や言動に違いが見て取れます。

不運にもサム・ライミ版『スパイダーマン』はその『3』を最終作とし終了。『アメイジング・スパイダーマン』も興行的不振から、続きを思わせる諸要素を尻目に打ち切り。ヴェノムがスクリーンで暴れる様を観られる機会に恵まれぬまま、MCUの『ホームかミング』にまで至っています。

そんな折にソニー・ピクチャーズがMCUとは別にスパイダーマンの関連作を制作するとなり、ヴェノムに再び白羽の矢が立ちます。

これには期待せずにいられませんでした。『スパイダーマン3』に出てきたような黒々とした怪物の活躍をまた劇場で観られる。更に主演は『マッドマックス Fury Road』のトム・ハーディ。予告編では寄生されてしまった人間の苦痛やその未知の生物シンビオートの危険性が映り込む。正統派ヒーローとはかけ離れたダークなルックスに心打たれたのです。

ところが、実際に劇場で目にしたのは、ハードでシリアスなストーリーの上で残虐に暴れまわるヴェノムではありませんでした。宣伝にあるような己の美学のためなら非倫理をも厭わないダークヒーローものというよりは、ポップコーンを食べながら寄生虫と宿主のやり取りを眺めるバディムービーとなっておりました。

今作に対する評価というのは、果たしてそのギャップを許容できるかという観る側のノリの良さにかかっていると言えます。

以降、ネタバレを交えた感想になります。

※今回の記事を書く前に、「カゲヒナタの映画レビュー」の管理人で映画ライターのヒナタカさんと映画の感想を語り合ったため、そちらもお聞きいただければと思います。19分45秒ごろからネタバレあり。


70/100

ワタリ
一言あらすじ「ひょんなことから一緒になった2人がなんだかんだ言いながら協力して地球を救っちゃう」

まるで2000年代までのアメコミ実写化だ

まず最初に映画『ヴェノム』の良かった点、ではなく劇中に散見された引っかかったポイントから話しておく。

この映画は地球外で“何か”を調査すべく活動していた宇宙船がミャンマーに不時着するという凄惨な事故から幕を開ける。夜の森に大爆発が起こり、救護隊が駆けつける。

そして、相当な高度から落下し大炎上までしたにもかかわらず、息のある宇宙飛行士が発見される。

この時点で既にちょっとした違和感が生じたように、『ヴェノム』には気になってしまう点が多い。それは、この映画が志向している娯楽性第一のスタンスや近年長くなりがちなアメコミ映画にしては短めの112分という尺に由来するのかもしれない。(おまけ映像と長めのエンドロールを差し引くと更に短く、実質100分前後ではないだろうか。)

良く言えば口当たりがよくシンプルな設計は、観る前に抱いていた予想とはだいぶ異なっていた。悪く言えば、今作のストーリーからは探りたくなるような奥深さや目新しさは感じられなかった。

きまり悪いことに、自分が期待していたのは圧倒的に後者のほうだ。いや、あのシリアスな予告や「最も残忍な悪誕生」という触れ込みを目にすれば誰もが、大雑把なヒーロービギンズものとは距離を置いたアンモラルな要素やそれでいて腹にズシンとくるシリアスなダークヒーロー像を期待して然るべきだろう。

しかし、逃走したシンビオートが引き起こした事件が恐ろしく映ったその後のタイトル表示をピークに今作はやけに軽い作風に転じていく。

登場してから”異状”が起こるまで、エディ・ブロック演じるトム・ハーディの演技は、基本的に正義感あふれる記者という設定を忘れそうになるほどに平凡な男に徹しているし、脚本上も彼を取り立てて聡い人物に仕立てるつもりがないように感じた。

ミシェル・ウィリアムズ演じる女性弁護士アンが眠っている隙に盗み見たPCのメールから、エディはライフ財団の闇を掴み、リズ・アーメッド演じる社長のドレイクを直々に問いただす。守秘義務は絶対の職についているアンのセキュリティ意識の低さには苦笑いしてしまったが、情報をなんの工夫もなく持ち出したエディの短絡さにも呆れてしまった。そもそもこの取材はライフ財団に目障りな報道をしたエディが雇用主に宥和するよう命じられた経緯がある。それにも関わらず、相手の弱みを正面からなんの工夫もなしに吹っ掛けてしまえば、解雇に繋がって然るべきで、正義感以前に思考が浅はかと言わざるを得ない。

そんな彼が落ちぶれていく過程に、早々から今作のストーリーに緻密さがないことを痛感させられた。それでも見ていられたのは『マッドマックス Fury Road』の彼からは想像もできないトム・ハーディのふつうの人らしくも軽妙な芝居が新鮮であったこと、そしてこの後に起こる展開への期待感故である。

ストーリーにおける違和感や説明不足は他にも多々見当たる。

4体のうち1体のシンビオート(=ライオット)が消えたというのに、ライフ財団がそれを捜索する描写が一切ないこと。不可解な能力で人間を殺戮する事件を起こしているのに、それについての言及もないこと。女性研究者ドラ・スカースが非人道的実験を他の誰でもなくエディに密告する理由の弱さ。これらはおそらく尺の都合上、存在するはずのシーンを削ったことによる説明不足なのかもしれない。

しかしながら、流石に1体のシンビオートを見張りの管理府行き届きでストーリーからフェードアウトさせた点については、大目に見ることができない。あまりに杜撰な処理である。

地球に持ち込まれたシンビオートが4体という設定も今作のみで扱いきれているとは思えない。不始末で死んでしまった1体と続編に持ち越しとなった1体(カーネイジ)は劇中ではほとんど機能しておらず、ヴェノムとライオットの実質2体で事足りてしまっているからだ。

もっというと、今作ではそのライオットとヴェノムという2つの個体に関する描写も不足しているように思えて仕方がなかった。

ヴェノムはエディに寄生してから、即座に適合し、襲い来る敵から頼もしく「自衛」してくれる。初めてヴェノムの姿を現した後、エディを脅かす言動を取るものの、その凶暴性はすんなりと鳴りを潜め、続くシークエンスではビルの侵入や警察隊の排除まで手伝ってくれる。何から何まで馬車馬のように働いてくれるが、何が彼を突き動かしているのか、はっきりしたことはわからない。ビルの屋上では地球の景色を気に入ったというような台詞を吐くが、シンビオートがそれまでどのような場所でどう暮らしていたのかがわからないため、こっちとしては情緒を呼び起こされる道理がないのである。

一応、エディが6ヶ月もの間、職を失い、恋人にフラれ、惨めな生活を送っていたことと、シンビオート自身がライオットに比べて劣った立場にあったことが絡んでいるのだと解釈できなくもない。しかし、劇中それが映像としてアピールされることはなく、ライオットとの関係は作文用紙1行もない台詞で済まされてしまう。クライマックスにおいて「エディが自分を変えた」という告白に至る理由が、ロジカルな説得力を持っているとは言い難い。

ヴィランのライオットにしても、やはりヴェノムの簡素な説明で済まされているために、彼との敵対に面白味を見出すことも、倒すべき敵としてエディ達と認識を共有することもできない。説明はあったはずだが、ロケットで宇宙へ行き何がしたかったのかについて、最後まで具体的なことはわからなかった。地球外へ行き資源を確保する目的を掲げ、シンビオートを人間よりも高次の存在と捉えていると思しき言動を取っていたライオットの宿主ドレイクの目的の曖昧さと合わさって、悪い意味で掴みどころのないヴィランとなってしまっていたように思う。

そして、双方のバックボーンが説明不足となったがために、本来盛り上がるべき最終決戦を思いの外冷静に見てしまった自分がいた。後述するように映像の迫力はとてつもないのだが、如何せん「こいつらは何故争っているんだ?」という疑問が映像への完全な没入を阻んでくる。ライオットとしてはヴェノムと敵対する強い理由は多分ないはずだ。事実、戦闘中に「同化」を試みていた様子がある。

正義感は強いものの乗せられるがままここに来てしまったエディ、地球を守る動機付けの薄いヴェノム、色々説明不足のライオット、ふわっとした高尚な思想の持ち主のドレイクの4者が「よくわからないけど凄い」バトルを繰り広げるものだから、乗っかりづらいことこの上なかった。ただでさえ1つの戦闘で交錯する4人の利害を描くのは難しいというのに、エディの背景を除いて戦いに赴く要因がはっきりと描き切れていないのだから殊更辛いものがある。

また、前半あれだけ危険視されていたシンビオートの寄生が、後半ではエディとの合流のために犬とアンに軽々と寄生してしまうデリカシーのなさも気になってしまった。

(C)&TM 2018 MARVEL

アメリカの大手批評サイトRotten Tomatoesでは、今作の批評家からの評価は概ね不評である一方、観客からは好評という状況になっている。これは、ここまで述べてきた点を含めてストーリー上のディティールの甘さが批評家の目についた結果であると同時に、ある程度細かいことは「ご愛敬」で済ませて、ほかの魅力を楽しむことができるという証左にもなっているのではないかと思う。

それに、ここまで散々に不満点を書いてきた自分も今作への評価はそれほど低くはない。いや、それどころか劇場を出た時の満足度は高く、続編への期待感も十分にある。

個人的には、この細部に目を向けると虫食いが見つかったり、お約束に寄っかかっているとも言い表せる作りは、2000年代以前のアメコミ映画を思い起こされる。

クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』シリーズやMCUの『アベンジャーズ』などでは、それまでの「お約束」に敢えてツッコミを入れる作風となっていた。これらの作品は、ヒーローとヴィランにとっての正義の定義や性悪説的な人間の倫理観を取り扱うことで、底抜けに明るい作風であったり疑うことなく力を行使するヒーロー像に疑問を投げかけるドラマを展開している。多様化した価値観に耐えられるほどの「ヒーロー」が必要とされている社会的な背景があるのだろう。

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一方で、この『ヴェノム』はというと、彼らは自分たちの力を最後あっけらかんとコンビニ強盗に行使している。気が変わったなどという理由で喰ったあと、エディがまるで罪悪感を覚える様子もなく、軽口でシンビオートと話しながらエンドロールに突入する幕引きは、今作が「お約束」から著しく逸脱した作品となっていないことを如実に物語っているように見えた。思い返すと、今作はウェットな描写がまったく目立たず、ひょんなことからスーパーパワーを手にした男が悪を倒すという単純なプロットとなっている。

『デッドプール』『ワンダーウーマン』『ブラックパンサー』など、新しいヒーローが次々と台頭している中で、あえてこうした「古い」作風でダークヒーローを実写化した点については賛否分かれるだろう。ただ、個人的には以下に続く魅力を堪能できたため、今作に限っては許容できた。

(C)&TM 2018 MARVEL

 

『ヴェノム』の魅力はハイクオリティでハイセンスな外装にあり

ここまでの論調は、一言で表すと中身たる脚本には問題があるというものであった。

しかし、外見的要素にあたるVFX、アクションシーン、キャストにはどれもボルテージがあがった。

ひとつひとつ触れていこう。

 

シンビオートの「気持ち悪さ」、ヴェノムの「凶暴さ」

『スパイダーマン3』と比較すると一目瞭然、今作のVFXは向上している。11年という時間の進みに加えて、制作陣が拘ったと思われる生理的嫌悪感を呼び起こされる粘性表現には目を見張った。

蠢くたびに細かく地面との接地が変化し、それでいてガラスや人にへばりついた際の強いフィット感は、それだけで目で見て楽しいと思えるほどのパフォーマンスとなっていた。まるっきり架空であるはずがあたかも実在する生物のように感じられる一種の錯覚は、特にSFやファンタジーを厚かった映画における醍醐味であり、今作はシンビオートの形と動きにそれを見出すことができた。被験者が纏わりつかれるシーンは、観客である自分は嗜虐的に楽しむこともできたのだろうが、シンビオートがあまりに気持ち悪いがために、憐れんでしまうほどであった。

そのシンビオートが、人に寄生することで変身するヴェノムの造形もこれまた素晴らしい。『スパイダーマン3』のヴェノムと見比べてみると、歯は異様に巨大かつ不揃いとなり凶暴な性質を強烈に脳へと植え付けてくる。「俺たちはヴェノムだ(We are Venom.)」と名乗り上げるシーンで、顔が捲れ上がる表現も面白かった。

体躯も筋骨隆々としており、殴られたらひとたまりもないことは明白である。黒々とした表皮が夜のサンフランシスコの光を不気味に映す一方で、屋内戦闘では暗闇と溶け合い恐ろしいシルエットになる。ひび割れのように胴体を走る白い脈には、妙な色気が宿っている。

ブラックカラーのヒーローというと『ブラックパンサー』も印象的だが、あちらがスタイリッシュな魅力であるのに比べると、こちらはどす黒く荒々しい怪物然としていて、捻くれた趣向を持つ筆者のような人間の心拍数をあげてくる魅惑的なデザインである。

アクションシーンにおいて伸び縮みする表現も岩明均の『寄生獣』を彷彿とさせるが、黒い分こちらのほうがビジュアル面ではクールに映る。質感が本物のようであると同時に、迫力と質量感を兼ねた動きになっているため、フィクショナルな印象を与えないようになっているのも感心した。

流石、アメリカの資本でこそ実現できた映像表現である。理想を現実に変えていくスクリーンの光景に唸らされた。

(C)&TM 2018 MARVEL

 

目まぐるしいが快楽になるアクション

ヴェノムになるまでのシーンは、いわばジェットコースターにおける上昇段階のようであり、視覚面での激しさはそれほどなかった。

それが急降下、つまりシンビオートに寄生されてからは次々と見せ場が披露されていき、どれも拳に力が入るほどにテンションがあがった

室内で複数を相手取った戦闘では、戦意のないエディがシンビオートに操られるがままに能力を行使し、やっつけていく姿は、巧みな動きとエディの戸惑いが両立するフレッシュなアクションシーンに映った。これまでのアメコミ映画では、スーパーパワーの根源は基本的に薬や科学実験の事故、技術力、あるいは神秘的な力によるもので、それを使いこなすというのが見慣れたパターンであった。それらとは異なり、ヴェノムのパワーは本人とはまた別に意思を持った存在であるため、ゲームキャラクターの操作に通じる面白さが付与されているのだ。

バイクにまたがってサンフランシスコの街を駆けるシーンは、瞬きを惜しみたくなる出来合いだ。周囲の車を押し退けたて進路を作ったり、車のドアを盾にしドローンの攻撃を防ぐといった不気味なはずの寄生虫が頼もしく感じられる防衛術がスピーディーな映像の中で行われる。急カーブの際にクッションになり、本体の損傷を避けるといったテクニカルな動きを取ったかと思えば、坂道を駆け上がった勢いで空中に浮くという溜めのショットも挟みこむ。行き止まりを作っていた柵をカタパルトの要領で飛び越えていくギミックには、シンビオートの向こう見ずな性格とエディのビビリなリアクションと合わせて思わず笑ってしまった。

警官隊を相手取り、闇夜の中を攪乱し、フラッシュライトに断続的に映り込むヴェノムには、童心をくすぐられる格好良さがあった。鳴り響く銃声を意にも介さず、真正面から銃弾を受けてもビクともしない。巨体には似つかわしくないスピードで打撃や投げを繰り出し、人間では到底かなわない怪物的強さを印象付ける。人間をバットのように振り回し、周囲の敵をバッタバッタと往なしていく怪力描写には、興奮が高まり口角が上がってしまった。オールダウン時の雄叫びにも痺れた。

こうしたアクション描写はいずれも夜を舞台にしているが、マイナス効果はほとんど無かったように感じた。なによりもヴェノムの黒いボディのイメージに合っている。先述した「敵が全員倒れる中での轟轟しい雄叫び」や「都会の灯りをバックに敵を掴み上げる巨大な怪物」といった夜だからこそ締まる決め画が生まれていた。

上記で感情移入できないとしたロケット打ち上げ直前の戦いに関しても、シャープで力強いデザインのライオットとヴェノムが容赦なく殴り合う映像には息をのむ勢いがあった。シンビオート同士の吸収や分離によってそれぞれの体細胞が迸り、画面内の情報が極度にインフレーションしたカットでは人智を超えた獣同士の暴力という感じがして圧倒された。

アクション描写はどれも見ごたえのあるものばかりだった。さらに強大な敵との戦いを想像すると、次回作が今から楽しみだ。

(C)&TM 2018 MARVEL

 

親しみやすいキャラクター

『ヴェノム』における、最大の魅力はやはりキャラクターにある。

トム・ハーディが敢えてふつうの人間の演技をしている様子には新鮮味があるし、コミカルな言動を取る度に笑みを誘発されてしまいそうになった。会社をクビになり、恋人にフラれるという中々に弱い立場のエディはどうにも見守ってあげたくなってしまう。特に、隣人の音楽がうるさい時にその苛立ちをぶつけることさえかなわず、枕で耳を覆う姿がかわいそうであった。

今作では、シンビオートという理解不能な存在に悩まされる役どころであり、戸惑う姿もこれまたチャーミングである。最初は自身の異状に恐れるも、急速的にバディになっていく軽さもある意味では痛快ではあった。

そして、謎の生物ヴェノムに関しては、とにかく恐怖より親しみやすいという感情が先に立つキャラクターとなっていた。生のロブスターを齧ったり、エディが両手をあげることをダサいといって拒んだりと彼の体をまるで自分のもののように使う強情な面を最初は見せるのだが、これがどんどん丸みを帯びていく。跳ぶか?と尋ねたあとの”Pussy(腰抜けめ)”などは必笑のやり取りであるし、挙句の果てには元カノに謝るよう促す気の利きっぷりを見せる。

膵臓や目玉を喰うといった台詞は、驚くべきことに、今作ではただのこけおどしにしかなっていない。実際に喰ったのはライフ財団の手先の1人のみだ。凶暴そうな言葉とは裏腹に、エディに御されているよう見受けられる。それが余計にヴェノムをマスコット的な存在に仕立てていたように思う。残酷なキャラクターには振り切らず、親しみやすいペットのような感じになっていたのは、シリーズが続いていく上ではたしかに有効である。

過程がおざなりながらも、彼らの滑稽な異種間コミュニケーションは楽しめたため、エディとヴェノムの共生関係の続きはぜひとも見てみたい。

エディの(元)恋人のアンは、そんな彼らの関係をあっさりと受け入れ、車で病院で連行しようとする胆力の持ち主である。今作限りではふつうのヒロイン像に収まってしまった感じは否めないが、医師のダン共々、エディとシンビオートと次回以降どのような関りを持っていくのかが楽しみだ。

(C)&TM 2018 MARVEL

 

まとめ: 課題はあるが、これはこれでアリ

エンドロール後のオマケとして挿入された『スパイダーマン:スパイダーバース』については、全く関連性のない話であったため、混乱してしまった。こちらも、チェックはしておくが、正直その時間を削って本編を伸ばして欲しいと思ってしまった次第だ。

まとめると『ヴェノム』は事前に見ていた予告からは考えられないくらいに気軽に楽しめる作品に仕上がっている。それは期待を裏切ったとも言えるし、予想外のものを提供してくれたとも言える。それを許容できるかは、結局人による。

しかし、『ヴェノム』はキャラクター同士の軽妙な掛け合いやハイクオリティなVFX、アクションといった見所をきちんと持っている作品であるということは確実に言える。長くスポットライトを当てられてこなかった黒い巨体のヴェノムが堂々とスクリーンに現れ、活躍するスペクタクルな映像表現には感動した。愛着の沸くキャラクターの「これから」も見守りたくなった。

色々と厄介な部分はあるが、それを含めて嫌いになれない。これはまさに今作のエディとヴェノムの関係に近い。だから、個人的には好きな作品である。

最後に挿入された映像と、世界ですでに大ヒットを飛ばしているという報せを合わせると、続編は間違いないはずなので、期待して待つことにする。

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