超実写というだけはあるが、その意義は感じにくい『ライオン・キング』レビュー【ネタバレ】

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アイキャッチ画像: (C)2019 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved

こんにちは、子供の頃にあった夏の匂いを大人になったら感じなくなると言うけれど、それは単純に季節感のあるイベントに参加しないからそうなっているだけじゃないかと思っているワタリ(@wataridley)です。

今回はディズニーによる大ヒット作を実写風でセルフリメイクした『ライオン・キング(原題: The Lion King)』をレビューします。

『ライオン・キング』という作品はもはや説明不要でしょう。1989年の『リトル・マーメイド』から1999年の『ターザン』までに連続して大ヒット作品を発表していた通称“ディズニー・ルネサンス期”のうち、1994年に公開された1作です。『ライオン・キング』は世界的なヒットメーカーたるディズニーが生んだ手描きアニメの代表格としてミュージカルで上演されたり、音楽をよく耳にするなど、今でも愛される作品になっています。2000年代以降、ディズニーはピクサーの台頭に代表される3DCGのアニメーションの流行に合わせ、手描きのアニメーションを製作しなくなり、今では『アナと雪の女王』『モアナと伝説の海』などのCG主体の作品が主力です。そのために、『ライオン・キング』はより一層今から遠い昔の名作という印象がありますね。

さて、そんな作品を『アイアンマン』等の監督・出演で知られるジョン・ファヴローがCGでフルリメイクするというのですから、これはセンセーショナルな事件です。かつての名作を今の技術で蘇らせるという試みはワクワクしますし、公開されたトレーラーを覗いてみると、『シンデレラ』『美女と野獣』『アラジン』等の昨今の実写化作品に負けじ劣らない写実性です。人間ではなく動物たちが主役なのですから、たしかに実写でやるというのは難しい。そこを思い切って全編CGにしてしまった大胆さには公開前から驚かされました。

他方、今作への印象は驚きばかりではなく、少しばかりの不安もありました。それは見た目ばかりでなく、作品の中身をどう作り変えるのか?という疑問からくるものでした。オリジナルの『ライオン・キング』自体、ストーリー自体は王道すぎると言ってもいい貴種流離譚の形式に則っています。裏を返せば、そのままやるだけでは意外性も新鮮味もない物語であり、それをアニメーションでしかなし得ない表現で見せたところに、オリジナル版の偉大さがあるのだと思ってきました。

結論から言えば、映像技術には圧倒されるところはあったものの、これらの不安は的中しました。やはりどうしてもリメイクを施す以上は、意義を求めたくなってしまうものです。

以降ネタバレありで感想を書いています。『ライオン・キング』の筋書き自体、既に広く知れ渡っているとは思いますが、未見の方はご注意ください。


58/100

ワタリ
一言あらすじ「貴種流離譚 by 動物たち」


動物たちが演技をしているようにしか見えない驚き

オリジナル版『ライオン・キング』のシンバやムファサ達は、たしかにライオン達の特徴であるあのシンボリックな鬣や四足歩行獣の動きを再現していた。だが本物の動物ではありえない豊かな表情や抑制の効いた動作も見せる。それはアニメーションという現実に比べれば抽象度の高い表現の中で、現実以上に表現の幅を持たせるための意図的工夫だったことは言うまでもないだろう。

そんなアニメとは対照的に、この超実写版『ライオン・キング』では徹底してリアリスティックな動きや表情しか取らない。世界最高峰の技術で生み出されたシンバ達は、毛の一本一本から歩行時の筋肉の動きに至るまで、本物の動物にしか見えないほどである。猫を飼っている自分も無意識に観察するような、四足歩行獣独特のお腹の肉の弛みもきちんと再現されている。偉大な王であるムファサも凶々しいヴィランであるスカーにネコ科の動物らしい特徴を見出すと、妙な親近感が湧いてくるものだ。

挿入歌「Circle of Life」がかかるオープニングの時点で、こうした写実的な動物たちが惜しみなく登場するものだから、呆気に取られてしまう。朝日の立ち上るにつれて模様替えしていく大地と、将来の王の謁見に向かう多様な動物たちの闊歩は、まるでネイチャードキュメンタリーの中で奇跡的に取れた風景のように映る。本来ならあり得ぬ種をまたがった動物たちの儀式が、しかし現実そのものにしか思えぬ形になっている様には惚れ惚れとしてしまう。

しかし、単にリアリティを凝らしただけ、という有様にはなっていない。このオープニングでは、老猿ラフィキが登場した際に、アニメ版でついていた杖は登場しない(クライマックスで使用するが)し、巨大なオスライオンのムファサと抱擁を交わし喜ばしい表情を浮かべることもない。のっそりとした動作によってその老健ぶりを、そしてムファサの顔に手をかざす素ぶりから彼らの関係を確と読み取ることが可能になっている。このように、本物の動物が取りそうなアクションにレベルを調節しており、より一層現実に起きた出来事のように錯覚できるというわけだ。

「I Just Can’t Wait to Be King」においても、動物たちがはっきりと踊ったり、シンバが周囲の植物を用いて鬣を作ったりするようなシーンは基本的に差し替えられている。リアルな動物たちが踊れば、忽ち違和感を覚えるものであるし、飛んだり跳ねたりする動作についても、実際の動物が実現できる動きに抑制されている。だから全体的な映像としては、どうしてもリアルさがネックとなり、おとなしい印象を受ける。しかし、野生のフラミンゴの群れに飛び込んでいく場面の気持ち良さは、平面絵のアニメとは異なり、立体感と写実性によって体感できるサファリパークのような楽しみ方が付与されているように感じられた。

実写にしたことによる恩恵は、特に主人公シンバに感じられる。当初はラフィキに掲げられるがままだった赤子のシンバは、そのキュートネスと共にまだ未熟で独りで生きていくことのできない弱々しい印象を与えてくる。ライオンに期待する獰猛さが一切見られないこの赤ん坊が成長と共にそれを身につける様子は、見覚えがある。かつて見ていた動物番組やニュース映像で、母親の乳を飲み、周囲の飼育員のサポートを受けながら辛うじて生きていた赤ちゃん動物が、数ヶ月、数年を経て、立派に成長しその動物の特徴を備えるようになったのを目撃したのと似た感覚である。

また、作中抜け落ちたシンバの鬣が幾多もの生命の営みを経てラフィキの元に届く様子は、実写風の映像になってことで、この世界の自然の摂理を無言で訴えてくるシーンに仕上がっていたように思う。キリンが草を喰らい、フンコロガシがフンを転がすこのシーンは台詞もジェスチャーもなく淡々としているから、余計に自然風景を切り取っただけという装いになっている。そしてそれが、今作のテーマである生命の循環に説得力を与えていた。

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実写にしたが故に気にかかる「命の環」

しかしながら、そうした生命の循環を意識させられる場面は、上記を除くと、他にはあまり見られない。今作は本物の動物たちが繰り広げるドラマという体裁で話が進むのに、本物の営みについての描写はおざなりになってしまっている。

今作最大の欠点は、実写風の映像がそうしたテーマと実態のズレをかえって増長してしまっているところにある。

自然界には紛れもなく食物連鎖のヒエラルキーが存在しており、肉食動物は草食動物を喰らい、草食動物は大地の草を食べて生きている。そして驚くべきことに、この関係は決して一方通行の歪な形になっていない。肉食動物の糞は大地を肥やし、その結果生えた草木が草食動物の命の源になる。地球上に存在する草木の総量故に草食動物の数は捕食動物を凌ぎ、死滅することなく繁殖を続ける。ムファサが語るように、この循環のバランスこそ、地球が生命を営み続けてきた原理なのである。

しかし、そうした自然の摂理を言葉の上で語っておきながら、それを映すシーンはほとんど見られない。ムファサ達は紛れもなく肉食動物なのだから、臣民たる草食動物を捕らえて食べているはずだし、故に草食動物たちは彼らを恐れてしかるべきだ。そうした描写は特段なされないまま、弁だけは達者なので、ある意味で欺瞞にも思えてくる。シンバが虫を食べて立派な雄ライオンに成長するという描写も、この「命の環」を軽んじていると取られても仕方ない。それどころか、本来肉食であるはずの彼が肉を喰らわないというのは自然法則に明確に反しているわけで、このテーマそのものの説得力が欠けてしまっている。単純にライオンが虫で生きていけるのだろうかという疑念も生じてくる。

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これらはアニメ版の時点でも指摘される問題ではあったが、実写風の映像にしたことでいよいよ避けて通ることのできない問題となった。今作では雄のライオンの性器が省かれているように、あくまで作り手は表面的な描写のみで済ませたいという意図が見えてしまう。だが、観る側としては、単に動物達がお芝居をする映像を見るぐらいなら、オリジナル版の奔放な表現を見たほうが純粋に楽しいとおもえる。だから、今作にはリアリティが「命の環」を補強する描写を期待するのが自然だろう。そして残念ながらその期待に応えられたのは、先述したシンバの鬣の旅路ぐらいだった。

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特に価値観の刷新がなされるのでもなく

そもそも『ライオン・キング』は筋書き自体は、きわめてありふれた貴種流離譚である。貴種流離譚を念のために解説しておくと、王族の主人公が紆余曲折を経て王位につく物語の類型とされている。これに分類にされる映画は古来より頻繁に見受けられ、近年においても『バーフバリ 王の凱旋』や『ブラックパンサー』など人気作のベースにされていることが多い。

だから、話そのものはお世辞にも斬新とは言い難い。オリジナル版を指してその物語の主題とメッセージ自体を評価する声よりかは、むしろ動物達をモデルにした個性的なキャラクター達やそれらが織りなす多彩な表情やミュージカルシーンの歌と踊りにウエイトを置いて評する声の方が多数を占める、と筆者は感じている。

だから、わざわざ2019年にこれを作り直すと聞いた時には、シンバが王位に返り咲くという結末そのものを改変することだってありえると予想していたし、シンバを凌ぐほどの闘争能力を持った雌ライオンのナラにより主体的なドラマを与えるということも、自分のような素人が容易に考えられるぐらいなので、当然選択肢として作り手は考えていたはずである。

しかし、実際には今作はさほどの改変も見受けられず、そのまま実写化しただけという印象に着地してしまった。一応、実写風の映像にしたことによって各シーンの溜めが長くなり、尺自体は伸びてしまっているが、だからといってなにかがプラスされたという実感は乏しい。これは奇遇にも今夏観た『ミュウツーの逆襲EVOLUTION』に近い作りである。

過去から解放されたシンバが結局は王位につくように運ばれる話も、本人が十分な実力を有しているのに外部へ助けを求めに出るナラも、ハクナマタタに代表される自由主義の精神が王位継承争いにのまれてしまうティモンとプンバァもそのままであり、これらは今見ると色々と違和感を覚えてしまう。役割からの解放を謳ったにも関わらず、結局過去から続く柵に流されてしまうシンバの心情はあまりにも定型的な貴種流離譚に嵌ってしまっており、むしろ実写にしたのならいっそう書き込むべきだったろう。また、コメディリリーフの役割を持っているとはいえ、現代的な価値観を持つティモンとプンバァにはより重要なメッセンジャーとしての役割を持たせるべきだったのではないかと思う。昨今ディズニーが手がけている役割からの解放を描いた『シュガー・ラッシュ: オンライン』や女性にふりかかる理不尽に抗うジャスミンを強調した実写版『アラジン』、そして夏の興行を同時に盛り上げている『トイ・ストーリー4』などに比べると、明らかに物語の鮮度も価値観の刷新も物足りなく感じてしまう。

 

唯一改変点を見出せたのは、スカーのみである。今作における彼は、台詞の端からムファサの妻サラビに対する屈折した愛情を感じさせてくるし、日陰者のハイエナ達を利用するというよりは手を取り合うよにして「Be Prepared」を歌い上げる。キャラクターデザインも大きく変更が入っており、荒んだ精神性を映すかのように燻んだ体色と貧相な鬣が、そこはかとなく哀愁を漂わせている。知略家という点においてオリジナル版と共通こそすれ、ムファサに対するコンプレックスがより後ろめたく、寂れた印象を与えるように改変されているようだ。個人的には、やたら艶のある挙措や色分けされた鬣や瞳から魅力を感じ取りやすいオリジナル版と比較しても、人間臭くセンチな感情を匂わせる実写版は異なった魅力を付与されていると思った。

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まとめ: 技術はすごいが、それだけでは厳しい

かくして、この超実写版『ライオン・キング』は技術面での驚きはあるものの、それが作品全体の魅力を押し上げた、あるいは新たな魅力を採掘したとまでは言えない結果になってように思う。どれだけリアリティを凝らしても、表現力で魅せていたアニメ版には及ばないとなってしまう。それは特に変更が入っていない脚本や、せっかくドキュメンタリーに比肩する写実性なのに表面的に済まされてしまっている描写に由来する。

今作を見て感じた物足りなさは、そっくりそのまま『ライオン・キング』がどうしてあそこまでヒットしたのかの理由の説明になる。古いとさえ感じられる王道な貴種流離譚はわかりやすい個性付のなされたキャラクターが生き生きと歌い踊る舞台としては安定感のある骨子であるし、脚本がいくら単純でもそれを補うだけの表現力に溢れていた。今でもスカーのキャラクターやナラとのじゃれ合いのシーンが印象的として取り沙汰されるのは、やはりそれだけ創意工夫があったからだろう。

それらが実写版になると、リアリティという制約をつけられてしまい、全体的に大人しくなってしまったと言うほかない。シンバは確かに本物のライオンの赤ちゃんらしい可愛らしさと、成長した時のギャップが増長していたものの、アニメーションで生み出された豊富なエモーションの前には、印象が薄れてしまう。歌唱シーンにおけるパフォーマンスも現実的な動きに終始していて、目に焼きつくカットがほとんどない。見ている最中に感じるのは、主に「本物っぽい」という一点である。それは果たしてかつて『ライオン・キング』という作品が目指していたものなのだろうか。

かくして動物オンリーの超実写版は、自分としては実写化の意義を手放しに喜べない結果になってしまった。しかし、今作は技術的なチャレンジに振り切った作品とも思えるし、動物たちを意のままに操ることのできたという経験は、まず間違いなく今後に活きるはずだ。自社コンテンツを実写化していくディズニーの保守的な傾向は個人的にはあまり刺激が足らないと思ってしまうものの、この凄まじい技術を是非とも活用して真に胸踊る作品を見せて欲しいと願わずにはいられない。

 

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