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こんにちは、YouTuberもっちゃんの動画にハマっているワタリ(@wataridley)です。
今回は、東宝シンデレラの上白石萌音と山崎紘菜のW主演にして、池田千尋監督作『スタートアップ・ガールズ』の感想です。
タイトルが示す通り、スタートアップ(ベンチャー)を扱っており、若い主演2人の奮闘によって日本経済に新たな風穴をあける…というような内容を期待して観にいきました。上白石萌音と山崎紘菜のアンサンブルも見るからに楽しそうです。
さて、実際に観てきた率直な感想ですが、内容としては上記の期待のどちらとも煮え切らない映画に留まっているというのが第一印象でした。
ビジネスや起業をテーマにした作品というと、自分は今夏公開された『アルキメデスの大戦』の原作者の三田紀房氏の著書『ドラゴン桜』『マネーの拳』『インベスターZ』を連想します。それらは時事も交えてリサーチしたデータや主張を展開する話仕立てになっているので、読んだ後には知識欲が満たされたと感じられるようになっています。
それと比べてしまうと、今作はどうにもビジネスに関する踏み込みが甘く、新たに得た知識が殆どありませんでした。では、そうしたビジネスの世界はあくまで舞台であって、主演2人が絡む様子を楽しめればいいじゃないかと思いましたが、こちらも芸のパターンが少なく、前半部分で食傷気味となってしまっています。
ただ、ビジネスという若い世代にとってはとっつきにくそうな題材を若手俳優を起用することで、若年層にスタートアップの大変さと意義を訴えようとした挑戦は、続けて欲しいとも思います。
以降、ネタバレを含む感想を書いていきますので、未見の方はご注意ください。
49/100
目次
訴えたかったのはスタートアップか、それとも役者か
今作は、ベンチャースピリット溢れる気鋭の学生起業家である小松光(上白石萌音)と大企業に勤めていて安泰思考の南堀希(山崎紘菜)が協力して、今までにないビジネスを創出していくドラマである。
冒頭ではスタートアップ企業経営者のインタビュー映像が次々と流れていき、現在の日本を変えるのは何も大企業ばかりではないという気概を映すようなオープニングになっている。
現在の日本では約400万の企業が存在していて、そのうち99.7%は中小企業に振り分けられる。消費行動を取る際、特に就職や転職といったライフステージにおいて、我々はよく耳にする大企業ばかりに目を奪われがちであるが、こうした中小企業こそが寧ろ日本経済を支えている巨大な力である。
『スタートアップ・ガールズ』の主題であるスタートアップ(またはベンチャー)とは、新規事業を展開するため新たに立ち上げられた会社やプロジェクトのことを指し、これらは大企業が行なっているような既存の商品・サービスではカバーしきれていない領域で、新たなビジネスモデルや市場開拓を狙う。作中では光がアプリケーション上での指示を出せるUIなどで、これまでの在宅医療サービスとの差別化を強調するシーンがある。
資金が潤沢にある一方で複雑な意思決定プロセスにより新規事業の展開はスローになりがちな大企業に比べて、小規模なスタートアップビジネスではこうしたニッチを即座に埋めようと動き出すことができるわけだ。
現在はこうしたスタートアップ支援も活発化していて、2018年度国内スタートアップ企業への投資総額は1680億円。6年連続で増加しており、前年度比では20%増となっている。最も人気の投資先は、やはりIT(情報技術)関連だ。(一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター発表)
とはいえ、この成長はあくまで国内基準である。スタートアップ企業への投資はアメリカ、中国と比べて大きく遅れをとっているのが現状だ。アメリカではベンチャーキャピタルによるベンチャー投資額は年間9兆円を超え、中国は3兆円である。
こうした背景にはそもそも日本において起業のハードルが高い、とみなされている風潮が挙げられることが多い。純粋に投資対象となるスタートアップ企業が少ないのだ。故に日本経済全体を刺激するために起業家支援を推し進めることは急務とも言える。
今作が作られるに至った動機には、そうした状況が少なからずあるのだろう。お転婆でアバンギャルドで積極的な性格の光が苦労しながらも、多くの日本人にとって近しい性格の希と手を取り、今までにないことにチャレンジしていく様子は、作り手による日本社会の理想の未来図とも取れる。
この映画を観た若い人たちにも起業を身近に感じらもらいたい。そんな心の声がなんとなく聞こえてきつつも、しかし映画としてはちょっぴり踏み込みの甘い面が目立ってしまっているのが惜しいと感じる。
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具体的なビジネスプランが見えてこない
スタートアップビジネスをテーマにしている以上は、作中で光が挑んでいく事業のビジョンをどう見せるのかは避けられない課題である。
ところが、今作はそうした課題に対してけっこう逃げの手を打ってしまっているように思える。触り程度で構想を示すばかりで、具体的な事業計画の内容を提示してくれていないからだ。
作中で光が考案したビジネスは主に以下の3つ。
- 大学生の時間割等をデータ化してマッチングのアルゴリズムを組んだ出会い系アプリ
- 安心して診察が行えるようUIを工夫した在宅医療用アプリ
- 蓄積された児童のデータを基に最適な対応案を提供する事務作業効率化アプリ
自分が記憶している限りではあるが、どれも概要は説明できていると思う。というよりも、これ以上の情報は殆ど提示されていない。それらのアプリケーション開発に必要な資金調達プロセスや完成までのスケジュール、目標利益等々がどれも不透明なまま、光の常識破りな行動ばかりがお披露目されていく。
上記のビジネスが既存のビジネスと比較して何が違うのか?というものもぼかされているので、登場人物がそこまで奮闘する理由にあまり説得力を感じられない。保育士の業務効率を上げたいというのであれば、それこそ待機児童やその原因たる保育士不足といった現実の保育問題と照らし合わせる必要が出てくると思うのだが、とてつもなく簡略的な描写で済まされる。宮川一朗太演じる研究所員の心が動かされるシーンに至るまでに、通いつけのスナックでの又聞きではなく、きちんと現場の苦労をドラマの中で展開するのは必須要件だろう。省いてしまった結果、既存の保育現場に光が考案したシステムを組み込んで変わっていく様子が頭で思い浮かばないのだ。
クライマックスの山場で光が説明している内容もそのシステムの具体的な運用方法や研究所から提供してもらったデータの内容が見えてこないので、聞こえてくる説明が耳から耳へ通り抜けていってしまう。上白石萌音の勢いあるトークでなんとか映像の強度を保ってはいるけれど、話の内容そのものは掴み所が無さすぎると思う。
今作の重点はそうした事業計画内容に置いているのではなく、立場も性格も異なるもの同士が協働するところにあるのだとしても、最低限のラインを超えているようには見えない。肝心の事業計画によって世の中がどう変わるのかを共有させるという起業家にとって何よりも必要なスキルのはずである。
上白石萌音と山崎紘菜のアンサンブルについて
自分にとって、上白石萌音と山崎紘菜の共演は、この映画を見る上でかなり大きな動機となった。
両者とも2011年の第6回東宝シンデレラオーディションで受賞してキャリアをスタートしている。上白石萌音はグランプリ、山崎紘菜は審査員特別賞を受賞している。ちなみに上白石萌音の妹である上白石萌歌も同年に審査員特別賞を、あの浜辺美波もニュージェネレーション賞なるものを獲っている。けっこう凄い年である。ともかく、彼女達はそうした狭い門戸を通過して入ってきたとあって、それぞれが将来有望の俳優というわけだ。
上白石萌音は映画『ちはやふる』シリーズや『君の名は。』でその和やかで巧みな感情表現に目を取られ注目し始めた。一方、山崎紘菜は『orange』『チア☆ダン』などでサポーティングロールを演じながら、大役はあまり巡ってきていないという印象はあるが、来年は実写版『モンスターハンター』に出演するというからひとっ飛びに跳ねて欲しいと思う次第だ。TOHOシネマズの幕間の時間におけるプレゼンターも務めており、同社の顔とも言える。
ただ、この『スタートアップ・ガールズ』自体は、東宝系の会社が製作・配給しているわけではないらしく、意外である。
ともかく、この映画はきちんとそうした若き星の輝きをパッケージしている。
山崎紘菜は少しコンサバな大企業の社員という役所に、ビジネスカジュアルがよく似合うスマートな体躯と、真面目な性格を映す大きい瞳がうまく噛み合っている。やや低めの声が落ち着いた印象を与えるが、光の言動に取り乱したり、スナックで酔ったりする際の乱調台詞がそれだけにコミカルなギャップを生んでいて良い。端正な顔立ちをしているのだけど、卓球をやるシーンなど体を動かす際の仕草は適度に俗っぽくて、どこにでもいそうな会社員を自然と再現している。
『L・DK ひとつ屋根の下「スキ」がふたつ』では若くしてこの世界で活躍しているにも関わらず飾り気のない「普通の子」をそのままやってのける離れ業を披露していた上白石萌音は、今作においてとても跳ねたキャラクターに変貌していて驚かされる。比喩などではなく本当に体をブンブン振り回したり、ぴょんぴょん跳ねたりするようなダイナミックな演技は、ともすれば大げさになりすぎてチープな感触になってしまいかねないのだが、うまく制御を利かせて、お転婆な小動物のようにキュートになっていた。上白石萌音のパブリックイメージを捨て去って、一部を赤く染めた髪とダボダボな服装も映画の中では我が物にしている。メタ的に見ても楽しめる役作りである。
長身でコンサバな社員と小柄でなりふり構わない起業家のぶつかり合いというイメージボードの段階からワクワクする設定を、上白石萌音と山崎紘菜に委ねるという采配はとても面白かった。こう書いていくとやはり今作の重点配分はキャストの協奏にあるのかもしれない。
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ただ、アンサンブルを肝にした割には芸が少ないのは気になってしまう。本人たちの演技スキルを鑑みれば、もっと色々な取り組みができるはずなのに、今作は全体を通して「光が突飛な言動を取り、希が当惑するか反発する」みたいなパターンが多く、マンネリズムは早くも前半の時点で訪れていた。スナックにおける喧嘩シーンなどは酒で酔ってるという状況に頼りすぎて、台詞の言い回しや演出などがどうも気が抜けすぎていて、拘りが見られない。アジカンの「リライト」を歌うに至る流れは不可解すぎて、せっかくの転換点であるはずの歌が頭に入ってこない。
相反する2人が徐々にお互いの良い部分を認め合っていく様子も、上述のワンパターンな会話のせいで目立たなくなってしまっていて勿体ない。丁寧語を使うようになった光や終業後も仕事の話をする希といった形で変化が表面化する終盤に至るまで、その変化の過程が感じ取れる描写が薄味。最終的に93分もかけて「お互いを認め合う」というよくある凡庸な着地にしか見えなかった。事業内容があまり詳細に描かれていないという前述の欠点と合わせて、物足りなさを感じてしまう脚本である。せっかくいい素材を用いているのだから、もっと面白い調理を施して欲しかったというのが率直な感想になる。
事業についてまだまだ詰められそうな余地があり、かつ俳優もポテンシャルを持て余している。だから、結果としてこの映画はどっちがしたかったのだろうかという疑問符がつく。
まとめ: 今の日本には必要なジャンルだからこそ
途中「心根が見えてこない」といって事業計画書を退けられるシーンがあった。そのセリフはまさしく今作に当てはまってしまっていて、この映画を通じて我々観客に見せたいものがあまり伝わってこなかった。本当にスタートアップビジネスを促進したかったのであれば業界の事情をもっと掘り下げることはできたはずだし、気鋭の俳優を魅力的に映したいのなら彼女たちが交わることでもたらされる変化をもっと大げさに描いてもよかったはずだ。結果として、大きな事件が起こるわけでもない地に足ついた話運びの中、曖昧に描写されるスタートアップ、少ないパターンの会話など、地味な映画になってしまっている。93分かけた末に見える確かな変化が、ひとつのビジネスが漸く発進という程度なのも物寂しい。
とはいえ、これらの不満は、それぞれが奏功していたのならきっともっと楽しかったに違いないという期待の裏返しである。今の日本では起業は怖いというイメージがどうしても付きまとう中で、大衆の目を惹く上白石萌音と山崎紘菜を起用して内実を描くという企画は、実際のところ面白そうだから自分も鑑賞に至ったわけである。
この手のジャンルはマイナーではあるけど、大企業の成長幅が限られ、新規事業にいっそうの期待が寄せられる将来を考えると、今の日本には間違いなく重要だ。次があるのなら、扱う題材にも深入りしていってほしいと思う次第だ。
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