9話「心の在り処」
文化祭の準備を進める中、浩之達のクラスで催す予定の喫茶店をめぐって、クラスメイトの岡田のグループから急な方針転換が提案される。クラス委員長の保科智子はその提案をあっさりと許可しつつも、岡田達との間には不穏当な雰囲気があり――。
5話の体育祭と同じく、2学期の学校行事を軸にしたエピソード。とはいえ、物語は文化祭当日の早朝で幕を引いており、あくまでメインはその準備期間である。1話から顔は見せていたクラスメイト・保科智子が主役となり、委員長という役職の影に隠れた彼女の本音が吐露されるという、ささやかな場面をクライマックスとしているあたりが、いかにも本作らしい。
全校規模の学校行事のため冒頭から文化祭の準備に勤しむ校内の様子が描かれる。例の如く、モブや校内風景を描き込み、特有の賑いが演出されていることに加えて、体育祭の時と同様にそこに混ざって今までに登場したキャラクターの「その後」が触れられるのが嬉しい。芹香や、雅史との一件を経てどうやらクラスメイトとうまくやっていけるようになったらしい琴音の姿が映る。あかりと葵の会話が浩之がいない場所で交わされるのも個人的には好ましい描写だ。5話の再登場時は対浩之での役割に終始していたものの、その一方でもう1人の協力者だったあかりとも交流がきちんとあるし、格闘技同好会が順調であることもここで触れられる。行事の準備中のふとした一場面という形での再登場は、学校らしい雰囲気とキャラの存在感を醸成でき、一石二鳥の利がある。
琴音の主役回だった7話と同様、冒頭から主だって動くのはあかりであり、その回の主役と関わりを持ち、問題を抱える当人への助力に動く。そして、行き詰まったところに助け舟を出すという役割は浩之が受け持ち、ここまで描いてきたキャラクターの慣れた動かし方が見える。浩之が前半あまり関与していない理由づけとして、文化祭の準備を主導的に進めているのがクラスの女子達だからというのも、学生時代を思い返すとすんなり納得がいってしまうような設定である。委員長が周囲と打ち解けられていない基本的なセットアップも、1、2、5話で先んじて描いていたおかげで、今回スムーズに行えている。(そういったことを考えると、やはり7話の琴音回は9話と比較して、やや割を食っていた印象は強まる気がしてくる。)
今回のエピソードは、明確にクラス内での人間関係の不和があり、他の回と明確に毛色の異なる雰囲気に包まれている。クラスの不満をよそにそつなく仕事をこなそうとする智子の姿が1話に引き続き描かれるも、浩之曰く委員長という役職は本人が望んだのではなく無理やり押し付けられたものらしい。しかし、肝心の智子本人はそれについて自らの感情を表には出さない。ボードを運んでいる最中のあかりからの問いかけにも、あくまで「みんなで仕切れるならそれでいい」「みんなが楽しかったらそれでいい」という態度を通す。苦労の多そうな立場にある彼女の心情は、あかりと同じ目線で視聴者も察したくなる。委員長の言う「みんな」には、彼女自身が含まれているのかどうか。
こうした一触即発なクラス内の空気は、アニメらしい飛躍的な表現を抜きにして、どこかで起きているかもしれないと思わせるような地に足ついたタッチで描かれるため、余計に委員長にのしかかっているかもしれないプレッシャーに緊迫感を覚えてしまう。委員長不在の教室で勝手に話が進んでいるのを、側で心配そうに見ているあかりの立場は、居た堪れない心地になってくるほどだ。
文化祭の前夜、岡田達と委員長との間での口論の最中に下校を促す校内放送の音楽が流れ出し、そうした焦燥感が高まったところに浩之が口を挟んで一旦事態は収拾するが、委員長は自分が許可を出したからという責任を取ろうと独りで準備を進めようとする。浩之とあかりは二人して智子と準備を進めていると、彼女はふいにどうして自分を庇ったのかと尋ねる。あかりは常日頃の智子の姿勢を見て憧れていたからだと口にする。それを受けて、智子は自分が抱え続けていた疎外感をここにきて吐露する。
こうした心情の吐露をクライマックスに据えた展開は定番中の定番とも言え本作にしてみれば珍しいが、一方でそこに留まらないと思える部分も感じられる。ここで大事なのは、委員長の語る内容(親の離婚、新しい土地で覚えた違和感など)そのものというよりかは、それを口にできる相手を得られたということや、その結果あかりから励ましてもらえたことなのではないかと思う。
本心を語る際には窓の方を見つめ、準備が一段落ついた後も背中を向けて椅子に腰掛けると言う芝居が細やかだ。しかも「お節介な連中はおるもんやな」と素直でない言葉も口にする。まだ全てにおいて、浩之とあかりと打ち解けたわけではないのかもしれない。しかし、ブラックコーヒーは飲めないという意外な一面は開示され、重荷だったであろう委員長というメッキの裏側は語れるようになった。全ての問題が綺麗さっぱり解決したのでもないのに、前向きな心地を残すのは、近いうちに訪れるかもしれない予兆に重きを置いた作劇だからであろう。浩之の言う通り「ぼちぼち」変わっていくかもしれない予感が、コーヒーの好き嫌いや、最後の岡田達の様子からは見出だせる。
この回における岡田達は苦境をもたらすための厭な役回りのキャラクター、まさにヒールではある。今回では、他のクラスへの対抗心を燃やして逸り気味に喫茶店の内装変更の話を進めてしまい、そこに普段から良好とは言えない委員長との摩擦が顕在化するわけだが、岡田達がクラスの出し物の成功に熱を上げているのも行事に参加する学生らしくはあり、当日の朝早くから自分たちだけでも準備のため教室を訪れていたのを見ても責任感を持ち合わせていることも窺える。
本筋からすれば些末な描写かもしれないが、浩之とあかりの行動の結果、少しはうちに秘めた疎外感が軽減されたであろう智子にとっての、クラスにおけるその後の対人関係を考えていくと、今回ヒールを担った登場人物の内面も仄めかしておくことは重要である。最後に岡田が見せる微妙な表情や、静かに決意したようにエプロンを手に取るカットの挙動から、この後、彼女なりに何かしらケジメ――直接の謝罪か、智子達に準備をさせてしまったことへの当日の働きによる埋め合わせか、はたまた別の形によるものか――をつけたんじゃないだろうかという想像できる。明確な仲直りをイベントとして描写せずとも表情や仕草一つに留め、同時に文化祭という本番の直前で締めくくるという抑制は、むしろその後に起こるかもしれない出来事を膨らませるのだ。
ちょっと他の回と比べてシリアスな風味が強いので忘れてしまいそうになるが、そもそもこれはギャルゲーの販促アニメだったわけで、そうなるとこの保科智子も“攻略対象”のはず。しかしアニメだけ見ているとそうした浮ついた要素が皆無で、浩之とはあくまであかりと一緒に手助けしてもらっただけのクラスメイトでしかないという距離感に留まっている。それこそコーヒーの好みぐらいしかツンデレの”デレ”の面は見えなかったので、かえって原作のシナリオでの彼女が気になってくる。その意味では正しく販促効果がある回だったかもしれない……。
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