3話「陽だまりの中」
別のアニメが始まったのかと瞠目するようなシーンから始まる第3話。前回顔見せしていた来栖川芹香が怪しげな黒魔術の儀式を行っている様子から始まっているが、その雰囲気を一切茶化すことなく本当にそれだけでアバンタイトルを終えてしまうというのはなかなか攻めた幕開けである。
1話、2話の緻密な作画・演出と抑えたタッチのお陰で忘れそうになるが、そういえば『ToHeart』は複数のヒロインキャラと主人公が恋愛するノベルゲームが原作。この3話からヒロインキャラに1人ずつフィーチャーするそれらしい回が出てくる。
浩之の掃除の番を覚えているあかり、そして事もなげに一緒に帰る約束をする浩之の、おそらくこれまでに何度も交わされたと想像できるやりとりから始まる。この教室や中庭での会話の最中にメインの登場人物の側をきちんとモブが歩いていく様子まで描かれており、ここでも実在感を醸し出す工夫が見て取れる。
今回は、このあかりと浩之の日常に、闖入者たる芹香が登場する。まず目につくのは、「黒魔術に傾倒している極端に声の小さな財閥令嬢」というなかなか突拍子もないキャラクター設定が嚆矢になっているにも関わらず、その存在が全く浮いて感じられないということだ。当人が周囲との摩擦に思い悩むといった様子にはあまり着目されない上に、知り合う浩之達でさえもその事について特段大袈裟な反応を示すことなく彼女の存在を受け入れてしまうので、そういうものかと見ているこっちも丸め込まれてしまう。
中庭掃除の最中、黒魔術に使うトカゲの尻尾を探していた女子とぶつかったのをきっかけに手伝いを申し出るという導入にしても、やや漫画チックな出会いのきっかけに感じられるはずだが、そこは1話、2話と描かれた浩之のキャラクターを鑑みれば、そんな気まぐれと行動力にも違和感がない。芹香自身、台詞を(耳を澄ませば辛うじて聞き取れる)極少のボリュームで話し、浩之に「〜だって?」と繰り返させて会話がすんなり成立しているのは、なかなか見ない特異性の受け入れ方になっている。(通常、無口キャラなら徹底して喋らないか、口数が少ないにしてもさすがにまともに聞き取れる音量で喋るのが普通だろう)
次に着目したいのは、この芹香にまつわるエピソードでありながら、あかりの存在感は保たれている点だ。他のヒロインと親睦を深める回ともなれば、作品のヒロインであるあかりは手持ち無沙汰になってしまいそうなところを、1話で描かれたあかりの視線のインサートによって、作品全体の主軸からブレない一貫性が持たされている。
浩之が芹香の手を取っている所を迎えに来たあかりに目撃されるシーンは、恋慕する相手が知らないうちに他の人と親しくしているといういかにもな場面でこそあるが、だからといって『ToHeart』は安直に嫉妬心を露わにするといった展開になっていかない。
このシーンの直前、浩之が芹香の手伝いをしていた間、待ちぼうけを喰らっていたあかりが、浩之のカバンを持って下駄箱で待っているさりげないカットがある。これがあかりの健気さを雄弁に物語っているように、あかりの表情を所々で捉え、浩之の行動を見るあかりという構図を保ち続けているのだ。ハンバーガーショップで来栖川グループの説明をした後に「住む世界が違う」という浩之の呟きににこやかに返す一方で、芹香から貸与された黒魔術の本を読む浩之に対しては思うところがあるような様子を見せる。芹香という外部の人間の存在がいざ浩之に対してアクションを起こしたと知るや、小石が投げ込まれて水面に生じた波紋を見ているような心地なのではないか、とあかりの表情ひとつから機微への想像が広がっていくようなささやかなスリルがある。
芹香から放課後「オカルト研究会に見学に来てください」と勧誘され承諾した浩之は、その約束がまさか当日中のことだとは思いもせず、志保に誘われるがままにゲームセンターに興じてしまう。極端に口数の少ない芹香の不器用さが表れているのと同時に、遅くになっても見学に来るのを待ち続けている健気さも見て取れるが、また一方で、あかりの助言により、芹香が待っているのに気づいた浩之が血相を変えて必死に駆け出すというのも、昼行燈に見えてその実律儀に動くという、らしい行動でもある。芹香から頭を撫でられる浩之の光景をあかりの眼差しが捉えるのだが、その表情からは思慕する相手が他人と睦まじくしていることへのありきたりな嫉妬や不安はなく、そうした浩之らしさを目の当たりにできたことへの安堵があり、それは1話であかりが浩之と共に過ごしてきて変わらなかった部分そのものなのだ。
主人公が別の女の子と接近するという嫉妬に転換してしまいそうな筋書きでありながら、かように浮かび上がってくる感情は浩之が誰に対しても変わらぬ親切心を見せる変わらなさへの安堵感であり、派手な事件は起こらないにせよ、色々な女の子と恋愛するゲームというフォーマットから大胆な再構築が果たされている。
作画面で言えば、この3話は唯一の作画監督・伊藤岳史の回となっており、全体を通してキャラの顔つきにこの回特有の色がはっきりと表れている印象を受けた。次回がキャラデザを務める千羽由利子作画監督回というのもあって、比較してみるとよりわかりやすい。
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