大ヒットの兆しの裏に見える原作に忠実であることの功罪『劇場版 呪術廻戦 0』レビュー【ネタバレ】

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アイキャッチ画像:(C)2021「劇場版 呪術廻戦0」製作委員会 (C)芥見下々/集英社

どうもワタリ(@wataridley)です

コロナ禍に突入し、モチベーションの低下を理由にして、自作の小説を書く傍らで、ブログ更新をサボりにサボっていたら、かなり久しぶりの更新となってしまいましたが、いつもの調子で始めていきます。

今回は『劇場版 呪術廻戦 0』のレビュー。

原作は週刊時少年ジャンプに連載中の芥見下々による漫画『呪術廻戦』。2020年秋から2021年冬にかけてアニメが放送され、人気が爆発。原作漫画の累計発行部数が何倍にも膨れ、昨年度にヒットした『鬼滅の刃』のように、今勢いに乗ったコンテンツを劇場版で、という流れに乗って大ヒットが期待されています。

TOHOシネマズ新宿など都内数館で販売された最速上映のチケットは、あっという間に売れ切れが出ており、急遽追加の上映回を設けるという措置を取るほどの人気ぶりです。

かくして自分も人気作品の映画化ということで、ミーハー気質を発揮し、最速上映で人がごった返す劇場へ足を運びました。

劇場は今まで見たことのない長蛇の列で溢れかえっていたので驚きました。ここTOHOシネマズ日比谷は大体いつもは入場口の前に二列で人が並び、ヒット作の入場開始時でも入場口反対側にある窓際のゴジラ像の前あたりまでしか伸びていなかったりするのですが、今回は自動発券機のあたりまで伸びていました。最速上映で複数のシアターが同時に入場開始したせいもありますが、30分前に到着してもポップコーンなどを買えば間に合わないほどの混雑ぶりでしたね。入場するのに1020分はかかりました。

▲上映終了後のパンフレット販売の様子。映画が終わると駆け込む人もいて、劇場側はコンセッションの売り場でも特別にパンフレットの販売を行うという対応をしていました。

さて、劇場の賑わいはこの辺にして内容の方を。

一言で言えば、原作『東京都立呪術高等専門学校』及び『呪術廻戦』のアニメーションファンに期待を裏切らない確かな満足度とジャンプ漫画原作であるが故の足枷も同時に感じるジャンプアニメ映画らしい映画だったと思いました。

以降、ネタバレを含みますのでご注意ください。

65/100


原作をそのままに、派手な映像へと押し上げる

真っ先に言えるのは、原作のアクションシーンの数々を膨らませ、枚数を割き、リッチな撮影処理を施した映像は、コンテンツの機運をかけた作品らしいと言えるものだったということだ。

原作だとあっさりに感じられたものが映像化によって迫力を増すというのは、当たり前と言えば当たり前なのだが、これが予算や作り手の問題でうまくいかない作品もある中、順当に原作絵で見たシーンが素早く動く様には、目を見張らされた。

原作の0巻は、『呪術廻戦』全体からすると、前日譚に相当しており、五条悟をはじめ、呪術高専の現2年ら本編と共通した面々が登場する。物語としては呪術の概念や登場人物の紹介、呪術師のいない世界を望む夏油傑一派との抗争と収束までが描かれているのみ。週刊少年ジャンプ誌上で本編が正式に連載する前の連載企画だったことを踏まえると、仕方がないところではあるが、正直、原作だけを読んだ感じだと、そこまで壮大なスケールを感じられず、個人的には連載作品のプロトタイプという域を出ない作品という印象だった。

今回の映画化作品で良かったことは、コマの中に描かれていた情報を大々的に、時にハッタリや補完を混ぜて、そのまま映像に落とし込んでいる点だろうか。

序章ということもあって、今作劇中における戦闘シーンは正直それほど濃密なものはない。乙骨が初めて里香を自らの意思で呼び出す最初のシーンにしろ、狗巻棘との初仕事における想定外の呪霊との戦いにしろ、背後に夏油の手引きがあるという点を除けば、いわゆる雑魚線でしかない。

とはいえ、それらの描写でも抜かりなくアクションの動きは滑らかに描画されている。真希が初めて遭遇した呪霊を呆気なく薙ぎ払うシーンは、映画では身を翻して行うダイナミックな動作に変更されており、この時点で今作の方向性は掴めるようになっている。

こういった諸所のハッタリの強化は、アクションに限らずとも、徹底されているようには感じる。

例として、乙骨が呪術高専に編入してきた初日に、禪院真希、パンダ、狗巻棘らが乙骨に取り憑く呪怨霊・里香に反応し一触即発となる場面がある。原作漫画だと、乙骨の背後にある影が映った後に、刃の先が写り、攻撃動作そのものは省略されつつ、三人が一斉に乙骨に臨戦態勢を取る決めゴマへと移行している。正直タンパクな印象さえ受ける。それに対して劇場版は、乙骨の一挙手一投足にオーラエフェクトをかけて、あからさまに悍ましい雰囲気を演出するし、それに対する各人の反応も細かいカット割の中でも変化を丁寧に見せている。特に真希が武器を取り出す際のジッパーを開ける動作なんか一瞬だけど相当ぬるっとして見えた。

戦闘シーンの尺を伸ばし、かつそれを見せ場らしいスピード感とアクションの手数で魅せるという方向性は、確かに原作の話そのまま映像化するにあたっては、最善の選択肢であり、実際今作はそれに関して物惜しみをしているようには感じなかった。

原作だと殆ど一瞬で終わっていたパンダ対夏油の殴り合いは、結構な尺を与えられており、広場を縦横無尽に飛び回っての立ち回りは本領を発揮して全力をぶつけている描写によって、それをなおも上回る夏油の実力を結果的に押し上げて見せており、効果的なオリジナル描写だったと感じる。またそのスピーディな攻防の最中に、フェイントとして棘の呪言をヒットさせるという流れを組んだことで、彼らのチームワークも描写できているというわけだ。

原作だと紐を用いてのわずかな戦闘しかなかったミゲル関連のバトルも明確に描かれていたおかげで、作中最強格の五条の実力の一端が見える場面が出てきているのも嬉しい点だ。ミゲルの時間稼ぎに痺れを切らした五条が、彼に一切の回避も許さずに空を飛び、一瞬で間合いを詰めては殴り飛ばす光景は、格ゲーのワンサイドゲームを眺めているようで単純に面白かった。

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正直、本編でも事件として言及される「百鬼夜行」そのものは単なる陽動作戦に過ぎず、本命は乙骨憂太に取り憑く里香ということもあって、原作で乙骨側と並行して描かれるそれらは必然的に背景化された描写に感じていたのだが、劇場版では本編に登場するキャラクターを登場させて、百鬼夜行の呪霊を祓うシーンが追加されたことによって、見知った面々が活躍する祭典のような厚みを得ているとも思う。原作では台詞で言及されても映像になっていなかった、七海が黒閃の最高到達点を披露するシーンなどは、彼のファンであるなら目が離せない場面になっていたとも思う。同じく設定上は戦っていたものの原作では全く描写されていなかった京都校の様子も映り、東堂は恵に語っていたように素手で殴り倒す余裕ぶりを見せるなど、時系列的には過去だが、相変わらずな調子で登場する。

『呪術廻戦』の前日譚にしてプロトタイプ的な作品だった『東京都呪術高等専門学校』を、こうして人気を得た後に、お馴染みのキャラクターを活かした大立ち回りやファンサービスを絡めた企画に昇華させているという点で、今作は出し惜しみのない映画だと言えると思う。

特級呪術師同士の対決である乙骨対夏油の戦いについては、劇中文句なしのベストバウトとして最も熱量のあるシーンに仕上がっていた。三節棍と日本刀の超高速のぶつかり合いが、立体的なカメラワークによって、長めのカットで贅沢に描写されていたし、戦いを通じて呪力を使いこなすようになっていった乙骨の動き(夏油曰く「更に速い」)も、映像上はっきりとそれまでの戦いよりも加速し、夏油の死角に急旋回する姿が連続した絵で描画されると、見ているだけのこちらまで乙骨の覚醒に焦りを感じるほどだった。

前半は頼りなげで内向的な空気に満ちていた緒方恵美の声が、感情の行き場を仇敵に向けた途端にネジが弾け飛んでいくような怒気を纏っていく変貌ぶりとも相まって、アニメ化部分までしかまだ見ておらず、乙骨をあまり知らない自分にも、手に汗握らされるような興奮を覚えた。熱が頂点に達した後にくる「純愛だよ」の一言の決め台詞まで含めて良かったと思う。

 

原作で忠実であることの功罪

こんな具合に、映画は愚直と言っていいほどに筋書きはそのままに、映像面で迫力を重視したスタイルで進行していく。『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が記録的なヒットを飛ばしていたことを考えれば、今の日本のアニメーション映画作りにおいて、これが最も間違いのない方法として認知されているんじゃないかとも思う。

一方で、裏を返せば、映画化にあたって付与された新たな物語や異なる側面はあまり見えてこないという欠点も表出していたように思う。

前述したように『劇場版 呪術廻戦 0』は、前日譚『東京都立呪術高等専門学校』を原作としている話で、現在も続いている『呪術廻戦』を構成するうちのごく一部でしかない。尚且つ、本編では過去に敵役の夏油が起こした事件として言及されはするものの、正直読んでいなくても直ちに支障が出るレベルで重要な話という訳でもないのだ。

まず率直に申せば、この『劇場版 呪術廻戦 0』という作品は、単体の話としては素直に面白いとは思えないというのが、原作から一貫しての感想である。

確かに本編で最強格に位置付けられている特級呪術師・乙骨憂太が呪術高専に編入して呪術師として成長していくという筋書きはあり、そこで『呪術廻戦』でも馴染みの要素やキャラクターが出てくるところに、本編を読んだファンが面白味を見出しやすいというのは理解できる。

しかしだからと言って、今作の根幹をなす乙骨と里香の間にある愛という名の呪いの件が、人間の愛情に関する独自の洞察たり得ているかというと疑問である。愛情と束縛というのは結構表裏に語られる、一般に了解された共通項であるし、原作以上に里香と乙骨の幼少期のシーンを少し丁寧に描いている気配はあっても、それを深掘りするレベルには至っていない。

里香という危険な呪いを抱えた存在である乙骨が、その精神的な不安をとり払い、同じ呪術高専の同期と関わり合いを持つにつれて、外交的に変わっていくというプロットについても、そもそもパンダ、真希、棘らとの交流があっさりとしているせいで、今作単体では乙骨が最後にあれほど怒り狂うほどの説得力には欠けていると感じる。

一応、棘や真希とは共に行動し、真希の事情を聞くシーンはあるものの、他人との関わり合いを拒絶し自死を選ぼうとすらしていたほどの乙骨がその壁を乗り越えるに至るきっかけとしてはやはり弱すぎる。その辺りは原作漫画を読んだりして、見知ったキャラクターに対する愛情などで補完、つまるところ忖度的な見方を要求される部分である。他者との関わり合いを拒絶していた主人公が立ち直るという展開は、公開年と主演声優が被っていることもあって、どうしようもなく『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を思い出すのだが、あちらがそうした日常的な機微を前半部でじっくり描いていたのと比べると、どうにも事件の連続で乙骨の心境の変化が端に追いやられている感じは否めない。

これに付随して、里香という危険な存在を抱えている割には、それをスリリングに感じさせるような描き方にはなっておらず、結局乙骨自身に都合よく仕えている時間が長いのも気にかかっていた。ああして実は悪霊と言う訳でもないというオチがあるとはいえ、乙骨が塞ぎ込んでいた描写と実際に呪術高専で精神的に成長していく過程とがうまく連動しているようには思えない。

また、構成や話の展開にも納得のいかないところはある。原作が1巻分の短期連載だったということもあり、物語は4話で成り立っており、前半がキャラクターの掘り下げ、後半は事件発生とその決着という形で、それをそのまま一本の映画としてまとめると些か連続性が薄い話である。大枠として里香と乙骨の呪いを解く話があり、また前半の事件が夏油によって仕組まれていたという裏があるとはいえ、物語がスムーズに移行しているような心地はせず、一つ一つ事件解決型の話を上映時間の半分近く見せられるのは、ぎこちなさを感じた。しかもその割に各エピソードが乙骨と同期の連帯を強調するには印象的なドラマが不足しており、その弊害としてクライマックスで乙骨が憤怒するくだりにも説得力が伴わない。

五条と夏油の間にある友情の話にしてもほぼ原作そのままで、本編でこれからも細かく描写されていくであろうことを加味しない限り、今作単体ではあまりにも取ってつけた感じしかしないのは残念だった。ここは両者の学生時代の様子を映像として中盤インサートするというアニメオリジナルの演出はあったものの、アニメと原作の今後を示唆するためのエピソードにしかなっていなかったと思う。

上記に挙げた不満点というのは、総じて自分が原作を読んだ時とあまり変わらない不満ではある。ただ、それを一本の映画として再構築するような試みがあまり見えてこず、愚直とも言える形でそのまま映像化されてしまったので、映画でも同様に不満として挙げざるを得なくなっている。

特にギャグシーンに代表される、原作において小休止に該当する部分が、映画においても時間尺を顧みず、そのまま再現されているのも首を傾げる。大画面上で派手に繰り出されるそれは、読み手が軽く受け流せていた原作漫画とは異なり、どうしたって時間的に瑣末なギャグに視聴者全員を付き合わせることになるのだが、その拘束時間に見合う価値を個人的には見出せない。さっきまでシリアスな顔をしていたキャラクターが、次の瞬間には砕けたデフォルメ顔でふざけた戯れをするというのは、きっと一般には和みや萌えといった感情を抱くためのシーンとして受け取られるのかもしれないが、ともすれば映画のテンポを阻害する結果を招きかねない(今作はもたつくシーンはあまりないとは思ったが)し、無粋なシーンに映らなくもない。特にひとまとめの時間において乙骨の深刻なドラマを描く今作との相性はあまり良いとは思えず、この辺りは映画化にあたって、全てを省略とまではいかずとも、ある程度見直す必要があったのではないかと思う。(この点は『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』にも強く感じた所ではある。)

 

まとめ:呪術廻戦の今後に期待を持って

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』に続いて、『劇場版 呪術廻戦 0』も記録的なヒットを飛ばすであろうことは、最速上映の劇場館内の熱を実際に浴びてみても火を見るより明かだとはおもう。

しかし、こうした原作に忠実な映像化が映像面での迫力を押し上げる一方で、物語・脚本の足腰の弱さを取り置いたままそのまま映画の弱点になってしまう作品の制作手法は、個人的にどこかのタイミングで見直して欲しいとも思う。

結果的に不満が後半目立つ形になってはしまったものの、『劇場版 呪術廻戦 0』は『呪術廻戦』というコンテンツを追う上でならば必見であるし、実際自分も今後のアニメ展開に期待感は持っている。エンドロール後に流れた乙骨とミゲル、そして五条の三人が今後どのように物語を動かしていくのか、それを期待して未アニメ化部分を読み進めようかと考えながらこの文章を書いているうちに、最速上映の夜が明けてしまった。なので、この辺りで筆を置こうと思う。

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