「伝説の王子」というより「裸の王様」映画『PRINCE OF LEGEND』レビュー【ネタバレ】

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アイキャッチ画像: (C)「PRINCE OF LEGEND」製作委員会 (C)HI-AX All Rights Reserved.

こんにちは、春らしさをまだ実感できていないワタリ(@wataridley)です。

今回はEXILEグループが集結したお祭り映画『PRINCE OF LEGEND』 の感想を。

ご存知の通り、映画館では本編が上映される前に他の映画の宣伝が流れる。幕間の時間に流れるそれらは、観客の興味を引こうと躍起になって自己アピールに勤しむ。だが、大半は響かない。お涙頂戴もののお話であれば、「その結末に涙する」とか「感動の奇跡」といった使い古された言葉を並べるばかりだ。その作品にしかなし得ないオリジナリティを訴求するには、心ない言葉と大量生産されたストーリーのテンプレートでは役不足としかいいようがない。

その点、『PRINCE OF LEGEND』は自分の興味を引く宣伝ができていた。「伝説の王子」というロマンを感じさせる概念、揃いも揃って煌びやかなルックスで甘々しい言動を取る登場人物たち、「胸キュンの時代は終わった」などと謳った脱スイーツ映画の暗示など、他の映画とは違うと思わせるだけの要素が並んでいたのだ。さらっと聞こえてくる「王子が渋滞してるよ」という台詞も耳にへばりついてくる。

EXILEグループのメンバーが一堂に会して「伝説の王子」なる称号を競い合うというプロットからは、真面目さよりも祭事を楽しむノリを重視した作風を期待するものであろう。実際のところ、自分もイケメン達が大真面目にバカなことをやる姿が見たくて劇場に足を運んだのだ。

あたかも堂々たる概念として喧伝されているが、そもそも「伝説の王子」とは何なのか。Team 奏や京極兄弟など、イケメン達が組織しているそれぞれのチームは一体何なのか。「胸キュン is dead」なるキャッチコピーに秘められた意味とは。王子って渋滞するものなのか。

そんな独自性の匂いにも釣られて鑑賞に至ったわけだが、後に残ったのは凡百の恋愛ドラマを観た時以上の無風である。カオスな設定とキャラクターの特盛りでふざけ倒したり、逆に大真面目に愛を語ったり、あるいはイケメン達を引き立てるといったあるべき熱意がそこには微塵も感じられない。ただEXILEグループの人材が、手近な設定を用いて戯れるだけの、希薄なごっこ遊びにしか思えない。それどころか、自分の価値に酔いしれた裸の王様が街を堂々闊歩しているのを見ているような恥ずかしささえ感じられる始末だった。

一体何がダメだったのか。そのことをひたすら突く感想になるであろうことを警告しておく。引き返すなら今のうちだ。

また、例の如くネタバレを含んでいるので、未見の方はご注意されたし。


20/100

ワタリ
一言あらすじ「王子が渋滞するどころか映画の基盤が突貫工事」

前衛的すぎる構成、無駄に長いあらすじ

幕間の時間が終わりを告げて映画本編が始まると、何やら格式高い部屋で1人の男が「伝説の王子」について呟く。そして本編は怒涛の「これまでのあらすじ」に突入する。これがとにかく尋常ではないほどに尺を取る。体感10分から15分ぐらいはあったのではないだろうか。いずれにせよ映画の冒頭に差し込まれるあらすじとしては異常な長さである。

そもそもこの映画『PRINCE OF LEGEND』は、2018年の冬期に放送されたドラマ版を受けての劇場版完結編という位置付けだったらしく、あらすじでは映画に至るまでの経緯が説明される。ちなみに筆者はドラマ版の存在を知らずに映画予告のみで入っていったために、まず不意の長ったらしい説明にうんざりすることとなった。

あらすじでは、白石聖演じる成瀬果音にある者は惚れ、ある者は対立の道具とし、ある者は守ろうとするといった形でそれぞれ対立する人間模様が解説される。しかし、振り返ってみるとあらすじで述べられたキャラクター達の大半は本編で活躍することがない。伝説の王子選手権に出場する候補は全員で14名いるが、3分の1も物語にとっては無意味な存在だ。それをつらつらと丁寧に説明するのは作劇上無駄骨以外の何者でもないし、観ているこっちとしても辛いものがある。

思わず聞き入ってしまう銀河万丈のナレーションスキルを除くと、あらすじは工夫なく情報を羅列しているにすぎない。ドラマ版を観たことがないこっちとしては、だれそれがだれそれに好意を抱いているとか、厚い信頼関係で結ばれていると言われてもいまいちピンとこない。また、紹介される内容はBLや不良兄弟、プライド高い生徒会、アダルトな遊び人、妹想いの兄貴等、どこかで見たことがあるような設定で埋め尽くされており、しかもペラペラ解説してそれを以ってそのキャラクター達を位置づけるような手法に面白みは見られない。

あらすじがやっと終わったと思った後、即座に登場人物達が総出で果音を巡って対立するシーンがやってくる。延々と付き合わされた挙句に、重複した情報を渡されては、徒労感を覚えるのもやむないことだろう。ドラマを追っていた人はなおのこと辛い時間を過ごすことになる。

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イケメンを引き立てるプロモーションとみても劣悪

10分以上はあるあらすじを終えたら、残る70分程度は劇場版『PRINCE OF LEGEND』の領分だろうと誰もが思うかもしれない。そんなごく自然な発想をこの映画はいとも簡単に挫いてくる。

また更に本筋とは無関係なドラマが繰り広げられるのである。

ドラマ版の最終盤に成瀬果音が放った「伝説の王子になった人とお付き合いしようかな」という一言に扇動され、片寄涼太演じる朱雀奏をはじめ、男たちは「伝説の王子選手権」への参加を決意する。そして表面上の物語は果音を巡る競争に向かうことになる。

だが、実際には物語はここで滞る。イケメンが格好つけたカットの連続で「伝説の王子選手権」は占められ、登場人物の間にある対抗心が激化するだとか、同チーム内における友情や連帯感が強化されるといったイベントは全く繰り広げられることがない。そもそも彼らが争うマクガフィンである成瀬果音という存在も完全に放置され、どこの誰ともわからない人たちによる「いいね」ボタンの連打によってそれらの競争は易々と消費されていく。

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いっそイケメン達が格好良く映るプロモーション映画的な側面が力強ければよかったのかもしれない。この映画が製作されるに至った背景にも、若い女性ファンによる男性アイドルへの需要を見越していたことは間違いがないだろう。だが、この映画における彼らがセックスシンボルとして普遍的な魅力を持ち得ていたかと問われると、はっきりそうではないと言える。

この映画における登場人物たちの魅力というものは、映画の技巧によってもたらされているのではなく、外見やキャラクターの押し売りによってごり押されている。その端的な例は、壁ドン対決だ。もはや映画最大の魅力である前後の文脈を完全に放棄して、キャラクターが次々と惹句を吐く様子を真正面のカメラから捉えていく様子は流れ作業的すぎて、心を動かしようがない。壁ドンをしている対象は名もなきモブなので、ここにはいっさいの物語がない。彼らのルックスによる時めきはあるのかもしれないが、それでは個人の嗜好に胡坐をかいていると言われても仕方ないだろう。

続くアクション対決や変顔対決なども、凝った演出もなく、尺もそれほど割かれていないがために、数多くあるシーンのうちのひとつにまで押しとどめられている。出演者の魅力を味わう前に他の出演者に移行するので、例えば関口メンディーのファンは非常に残念がったであろう。

こうした「伝説の王子選手権」の適当さ加減は、果音が本心から「伝説の王子とお付き合いする」と言ったわけではないという事実によって説明はつく。果音自身、もう最初の時点で自分は争いのオマケであると発言している。結局、別のところにあった果音の思惑は終盤のドラマに託され、そこで一気に進行する。

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しかし、それならばこの「伝説の王子選手権」自体は筋違いだったという残酷な結論が導き出されざるを得ない。いくら彼らが果音を巡って争っても、それは果音の心理に何ら影響をもたらすことがないからだ。そして実際、不毛な争いにしか思えないほどに楽しみどころが希薄なのだ。

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登場人物の大半が物語の本筋には不要な存在であったことにも驚いた。今作の実質的な主人公の奏が所属しているTeam 奏とその恋敵である京極兄弟を除いては、大半が終盤のドラマに全く絡んでこない。Team 生徒会は奏に塩を送る活躍を見せるが、敵対していた彼らがなぜあのような行動に至ったのか、その動機は全く描かれない。それ以外のTeamは存在意義がわからないまま選手権を最後に出番が終了する。。先述した通り、その選手権も本筋とは無関係に近いので、やはりいなくても変わらない。「果音を狙っていないのは俺らだけ」と言って握手を交わしていた町田啓太と清原翔なんて、存在を丸ごとカットしても映画は余裕で成立してしまうだろう

序盤の無駄に長いあらすじを経て、キャストたちのアピールカットの連続である「伝説の王子選手権」が繰り広げられると、映画の尺はいよいよ僅か2~30分となる。果音と奏での接近にはまるで関係のない人物たちに尺を取らせ、その貴重な時間の中で映画の文法を投げ捨てた一発芸をさせるこの構成は、結果としてキャスト達の魅力を伝えられないばかりか、それらを不要物たらしめている。だから、今作は単に「キャストの魅力を味わっておしまい」という軽めのプロモーション映画として見ても劣悪な部類に入ってしまうのだ。

 

ツッコミ役不在によるコメディのウケの悪さ

本筋からいったん離れて、とにかく「伝説の王子」や個性的なTeamなど独自の設定を楽しむ分にも、この映画は不親切な設計となっている。

個人的には、突っ込み役の不在が致命的だった。「伝説の王子」を巡って、揃いも揃って美男子たちが必死に壁ドンや変顔に励むという独自の世界に対して、どのような反応を示せばよいのかをわかりやすく図示してくれるキャラクターが今作には登場しない。Team 奏ら選手権出場者たちは、「勝てば果音が付き合うと言ったから」というお題目の下、いとも簡単に奇妙な対決内容を受け入れる。現実に高校生が壁ドンをするというのは抵抗感が少なからず付きまとうであろうし、アクション対決って言われてもそんな経験ないのが普通だろう。

そうした非現実性自体は、「そういう作風」として受け入れることはできる。しかし、現実的なラインをはっきりと示してくれないことによる弊害は、上映中ずっと横たわり続けていた。

例えば、Team 生徒会に所属しているひと際目立つ関口メンディー=ガブリエル笹塚の一線を画したキャラクターについて、誰も指摘することがない。1人だけアクションシーンの戦闘スタイルがパワータイプ寄りであることとか、そもそもその髪型や服装にはどういった意図があるのかといった気になる部分についての言及はなく、当たり前のこととして流される。

唯一、変顔のレベルが違うという点については、佐野玲於演じる綾小路葵が笑うことで、客観的な指摘がなされていた。確かに関口メンディーの変顔には自分も貸し切り状態の映画館で1人で笑ってしまった。

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他にも「伝説の王子」に強い憧れを示し、不気味な「王子」連呼を繰り返しながら座禅を組んでいた町田啓太などについても、突っ込みがかからないおかげでこれを笑うべきなのかどうかが不明瞭となっていた。彼のちょっとナルシズム強めの言動も第三者から触れられることがない。そのため、キャラクター把握の困難さにも繋がってしまっていた。

このように突っ込み役がいないことにより、直感的に笑えるシーンは少なくなっている。カオスな作風を楽しむ映画としても爆発力が足りていない感じがしてしまうのだ。画面の向こう側に存在する価値観や文化をこちら側に翻訳して伝えてくれる存在は必要だったように思う。ビュティのいない『ボボボーボ・ボーボボ』を想像してみれば、その役割の重要性は誰にでもわかることだろう。

おまけに「伝説の王子選手権」を開催した加藤諒演じる学園長も、動く度に機械音が鳴り響いたり、明らかに何かを企んでいる怪しさがあったりするのに、そのことについての違和感は取り残されたまま物語は終了する。一体何だったのかが本当にわからないので、消化不良感だけが残る。

 

希薄で貧弱な本筋

今作の物語は、自分の気持ちに正直になれない奏と果音が紆余曲折を経て結ばれるという安直なラブロマンスに行きつく。キャラクターの属性を陳列しただけのあらすじやサービスカットを詰め込んで映画としては破綻した「伝説の王子選手権」の後に来る話としては、ひたすら地味である。ビジュアル的にも、展開的にも、古今東西やりつくされたメロドラマの典型を越えてこない。

最後の2~30分に押し込められた男女の恋愛劇は、尺の短さと相反してテンポが悪い。奏の側は自分の想いが実らなかったことについて落ち込み、果音の側は素直になれなかった自らを後悔する。この状況を打破する契機は、奏と果音たち自身によるアクションではなく、周囲からのサポートである。まず、鈴木伸之が演ずる京極尊人による告白宣言。さらに、ガブリエル笹塚を経由して綾小路葵から手渡された写真。そして、第一側近の久遠誠一郎による後押し。これらがあってようやく奏は走り出す。

この間、単調な立ち話が中心でシーンは構成されているが、その視覚的な退屈さを誤魔化す演出は全く用いられることがない。この間の奏の内情はまるで見えてこないので、自分としては焦っているのかどうかもわからない。更には、それまであった画面上の勢いが喪失し、トーンダウンした映像の中で語られるのは結末がわかりきった男女のシーソーゲームでしかない。楽しむための取っ掛かりもなく、既往の恋愛ドラマにあった話を違うキャストで再生産しているに過ぎないために、どうしても語れることがないのである。

そもそも真相が明らかになっても、納得がいかない。相手の写真を2年間も持ち続けるほど執着しているのに、その片思いの相手からの告白は断るという行動は全く理解しがたい。身分が違うという理由が含ませられてはいたが、だとすればあまりに古典的な思考である。写真の件が露呈した後の告白はあっさり受け入れていたあたり、結局深い思慮は何もなく単に脚本の都合上ラストまで引っ張られた恋愛ゲームに過ぎないという印象をより強めている。

散々引っ張られた挙句の恋愛劇がこうも単純で面白味がないとなると、映画全体がつまらないという感想に結論にならざるを得ない。

(C)「PRINCE OF LEGEND」製作委員会 (C)HI-AX All Rights Reserved.

 

まとめ: こんなものに続編企画を出す貪欲さ

エンドロール終了後、白濱亜嵐が出てきて「胸キュン is dead」と呟いて終了した。続編企画が視野に入っているらしいが、これを見て正気か?と思った。

映画としてはあまりに見所がなく、キャストのプロモーション部分は作品全体から不要というロークオリティな今作に続きを作るよりも、この世にある続編を望まれている作品にお金を出してあげて欲しい。本気でそう思う。

安くはないお金を支払い、わざわざ足を運んでたくさんの人が観る映画館で、こんなにも狭苦しい作品を見せつけてなお、続編がやりたいという欲を露にする図太さは少し見習いたくはあるが、最初に述べた通り裸の王様を見ているようだ

EXILEというグループが日本において若年層から絶大な人気を得ていることは承知の上で、映画を作るのなら自分たちのファン層以外の視聴も想定したクオリティにしてほしいと願う。

辛い感想になってしまったが、イケメン達が謎の称号を巡って謎の勝負事に挑むという奇天烈なプロットは興味を引くものであったし、加藤諒のコメディリリーフとしての安定感や片寄涼太の涼やかで透き通ったボ声色、関口メンディーのエキゾチックな着物姿など、見どころもまたあった。灼熱砂漠の中に佇むオアシスのような存在感を放つ白石聖も今作で新たに発見したスターである。可能性を感じる材料は散発的に見ることは出来たので、EXILEグループの次の企画では、それらを巧く活用してほしいと思った。

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