しわしわのピカチュウを見て覚えるポケモンが実在するという喜び『名探偵ピカチュウ』レビュー【ネタバレ】

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アイキャッチ画像: (C)2018 Legendary and Warner Bros. Entertainment, Inc. All Rights Reserved.(C)2018 Pokemon

こんにちは、「好きなポケモンはマッシブーン、憎いポケモンはカプ・テテフ」でお馴染みのワタリ(@wataridley)です。

今回は、そんなポケモン好きに贈られた夢のような映画作品『名探偵ピカチュウ(原題: Pokémon Detective Pikachu)』を鑑賞した上での感想を書いていきます。

映画『名探偵ピカチュウ』原作は任天堂3DS専用ソフトとして発売されている同名のアドベンチャーゲームですが、その大元『ポケットモンスター』は言わずと知れた大人気ゲームシリーズです。

1996年に発売された『ポケットモンスター 赤緑』から始まったこのシリーズは、登場するふしぎな生き物ポケモンの可愛らしく、また一方でオカルトチックであり、格好良くもある多彩な魅力が支持され、発展してきました。もはやゲームの枠組みを飛び越え、モンスター級の人気を世界中で集めるポケモンは1つのビジネスとして成立しています。

かくいう自分も、1997年から日本で放送されているアニメ『ポケットモンスター』シリーズを追い、毎夏劇場版『ポケットモンスター』を観に行き、新作のゲームが出るたびに買い、気に入ったポケモンのグッズも手に入れる、というポケモン好きの一面を持っています。

近年ではスマートフォンアプリ『ポケモンGO』を境に劇的にユーザー数を増やしている印象を受けますが、今作『名探偵ピカチュウ』も同様に映画化することによって新たな客層を開拓する狙いもあるのでしょう。

さて、そんなポケモンの隆盛ぶりを裏付けるような今作ですが、一言で魅力を言い表すとすれば、「ポケモンが可愛い」という単純な表現にならざるを得ません。

それは、今作において写実的に再形成されたポケモン達の造形に対して感じたことでもあり、またある意味で今作の力の入れどころがその一点に傾いているように思えることもそうした感想の一因になっています。

以降、ネタバレありで感想を語っていきます。未見の方はご注意ください。


66/100

ワタリ
一言あらすじ「相棒のピカチュウと一緒に事件解決。」

現実にポケモンがいたらというシミュレーション

かつて仕事で忙しい父と疎遠になったことがきっかけでポケモンとの交流を避けてきたティム・グッドマンのもとに父の訃報が届く。彼は、モンスターボールによる捕獲もポケモンバトルもなく、ポケモンと人が共生する街ライムシティへと向かう。

冒頭に映るティムの住んでいる街の上空を飛ぶピジョンにも些細な感動はあったが、このライムシティに訪れるファーストカットには、ポケモンを愛好してきた自分の心を大きく揺さぶられた。種が異なれば姿形も生態も異なるポケモンが人々と共に歩いている様子には、情報が溢れている。

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警官に連れられているガーディは、いかにも犬っぽい動きをしており、四足歩行でよちよちとついていく。また、その4本腕を活用して交通整理をするカイリキーが当たり前のように景色に馴染んでいたり、カビゴンは交通網なんざ気にも留めずに道路ど真ん中で眠りこけている。警察署らしき建物の前では、屈強な警察官の代わりにゴルーグが門番をしているという光景もじつに理にかなっている。単に仲良く一緒に歩いているタブンネや、飛行するエモンガ、表札に止まるワシボンなど、いずれも僅かな登場時間の割には合わないぐらいにライムシティに息づいた空気感を醸し出している。番長ポケモンであるゴロンダがその進化前であるヤンチャムを侍らせていたりする様子までさらっと描かれていたりして、とにかく圧巻である。

ティムと同行する記者のルーシーが連れているコダックの描写もいちいちキュートだ。ルーシーは下っ端仕事では満足できず常にスクープを狙っているバリバリの仕事人といった感じであり、エーフィやニューラなどクールなデザインのポケモンが似合うように思える。しかし、そんな彼女が敢えて偏頭痛持ちのコダックを相棒にしているというあたりに妙な可愛さがある。それどころか車の後部座席にベビーシートを積んでいたり、わざわざリラクゼーション音楽を流していたりするなど、手間をかけて世話している描写だって見られる。しまいにはおんぶ用のリュックに乗せて連れ歩くという愛しか感じられない行動まで当たり前のようにやっていて、コダックが好きという気持ちが言外からひしひしと伝わってきた。

(C)2018 Legendary and Warner Bros. Entertainment, Inc. All Rights Reserved.(C)2018 Pokemon

こうした描写は何もこの映画に限ったことではなく、今までテレビアニメや劇場版アニメ、ゲームなどの媒体においても散々描かれてきたことではある。しかし、現実風景にポケモンがいたらどうなるか?というアプローチを入れ込んでいる点に、実写作品である今作の強みを感じられる。街中の表札や注意書きといったものにもポケモンのマークが施されていたり、先述のカイリキーのようにポケモンごとに社会的な役割が当てられていたりする様子を見ていると、我々のいるこの世界にポケモンがいたら…という妄想をせずにはいられない。

公開前の先出情報で危惧していたポケモン達の造形も、虚構から現実への境界を越えつつも、各ポケモンの核の部分はきちんと原作のまま踏みとどめているというバランス感覚があった。ルンパッパやプリンなど毛むくじゃらな感じは第一印象としては驚くが、キャラクターの全体像は保っているし、捜査のシーンで出てくるバリヤードも動いてみるとパントマイムポケモンらしいユーモラスな愛嬌を見て取れた。

余談だが、今作におけるメタモンの役割は意外にも印象に残る。人に化けて、ビル・ナイが演じたハワード・クリフォードが座っている車いすを押す係をするシーンがあった時には、ずいぶんと便利なポケモンだとさりげなく感心したものだが、これはよくよく考えてみると巧妙な伏線である。サングラスをかけた謎の女性の正体やハワードが偽物であることに気づく上では、本来擬態能力を持つメタモンは真っ先に候補に上がるはずなのだが、上記のお手伝い描写が非常にさりげない「ポケモンのいる世界の日常」として流されていたために、そこまで考えが及ばない。このメタモンの運用は今までのポケモンメディア作品の中でも最高の部類に入るのではないだろうか。しかも、最終的にティムを追い詰めるぐらいの戦闘能力を発揮していた。これはポケモン対戦で出した時の相手のポケモンに化けるという特性の厄介さを部分的に表現していたとも言える。

 

しわしわピカチュウに見るリアリズムとマスコット的可愛さの融合

さて、そんなポケモンのユートピアに映るライムシティにおいて、ティムが出会うのは、どういうわけか人語を話し、コーヒー(カフェオレ)を愛飲し、太々しい態度や色めきだったリアクションを見せてくれるピカチュウだ。

ピカチュウを演じるのは、代表作に『ウルヴァリン X-MEN ZERO』や『グリーンランタン』などがあるライアン・レイノルズだ。みんな知ってるあのR15指定ヒーローの名前はピカチュウのイメージを守るために伏せさせていただく。彼はピカチュウの声のみならず顔の表情もモーションキャプチャーで取り入れて役になりきっている。セクシーな魅力を持つ俳優としての彼の声や仕草が世界一有名なネズミのうちの一匹であるピカチュウに転写されて、多くのギャップを生んでいる様はそれだけでも面白い。

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このピカチュウの言葉はティム以外の人間にはあの大谷育江の鳴き声に聞こえるが、ティムにはライアン・レイノルズの軽妙なトーンと滑らかな台詞回しで大口を叩いている。小さくて黄色いボディから発される声がはっきりと成熟した男性の声という時点でくすぐったい感情が沸いてくる。その上、やたら男性トレーナーの乳首を気にしたり、自身のファッションについて「履いてない」と惚ける言動の数々も小気味よく、ピカチュウの可愛いイメージに異物を取り込むことで生じた違和感を楽しませようという意図が感じられる。

このピカチュウの表情も豊かで、事前に公開された予告映像で話題となったしわしわ顔に代表されるような顔のパフォーマンスも良い出来色である。しわしわがフォーカスされた一因としては、やはりライアン・レイノルズの顔の演技と、ピカチュウの造形にある肉感がうまく相互作用している点があるように思う。

今作のピカチュウは、我々がよく知っているつるつるに描かれたボディとは無縁の、フサフサな毛並みがあしらわれている。アニメーションにおいては、サトシに頬ずりする際などを除いて基本的に省略されている毛並みが、映画では誤魔化されることなく表現されているが、おかげでピカチュウがあたかも実在するかのような触り心地を見る側に想像させてくれる。しわやシミなどが極力排される人の顔と同様に、ピカチュウも二次元では生々しい毛並みが省略されていただけで、現実にいたらこんな感じだろうと思わせるリアリズムの表現だ。また、単に原作絵をそのままトレースするだけでなく、犬や猫のように、さりげなく腹部の毛の色素を薄めている等のアレンジも見られる。こういうお腹をした動物がいたら撫でてやりたいと思うものだ。

(C)2018 Legendary and Warner Bros. Entertainment, Inc. All Rights Reserved.(C)2018 Pokemon

そうした写実性の伴った肉感的ピカチュウが表情を作ると、アニメとは異なって、実に人間味溢れる印象を抱かせる。アニメのキャラクターが笑うとほとんどきまって目と口が弧を描くニコニコマークになるが、ピカチュウがその表情を作ると必然的に顔の肉に文字通りしわ押せがいく。すると、アニメでは言わばフィクション的な嘘のおかげで成立していた可愛い表情が、実写映画ではたいへんブサイクに感じられる。眉間に寄ったシワや頰に強調されるほうれい線などは、我々が常日頃から見ている人間のソレと同じであり、だからこそ嘘っぽくならない。現実にはどんな美形であれ、こうした顔の綻びは表情次第で生まれるものであるし、ピカチュウという人気者でそれをやってのけるというあたりに、実写映画作品ならではな魅力を見出すことができた。

加えて、体の動きもきちんと作られている。机などの高所に乗り降りする際の体の力みや揺すりに至るまで可愛らしくできている。今作はピカチュウを現実に持ち込んで生々しさを付与し、新たな可愛さの種類を見せている。これだけでも今作の存在意義はあると思える。

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“あの”ミュウツーとの20年越しの再会

ミュウツーが研究施設から逃亡を図るシーンが幕開けに描かれ、のっけからこちらのテンションを上げてくれた。

ミュウツーと言えば、ゲーム第1作『ポケモン 赤緑』にて登場した伝説のポケモンであり、アニメ映画第1作『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』でも主役級の活躍をしている。まさにスターポケモンである。

ミュウツーの魅力は何と言ってもジュブナイル色の強いポケモン世界の暗部を匂わせるダークなバックボーンであろう。ゲーム版、アニメ版などのメディアによって多少設定の差異はあれど、基本的には一貫して「ミュウの遺伝子を元に人間によって作られたポケモン」として登場する。

特に『ミュウツーの逆襲』における苦悩は特に印象的で、以降ミュウツーと言えば自然の摂理に反して生まれた自分自身と生み出した人間を呪うキャラクターのイメージを強く持たれるようになった。『ミュウツーの逆襲』はミュウツー以外にもクローンポケモンが出てくるなど、可愛いマスコットらしさから逸れた展開が見られ、そこも映画のポケモンの中でも常に存在感を発揮している所以である。興行収入面でも未だに同作を超える作品は出てきていないことからも、その人気は読み取れる。

ミュウツーという存在は、それだけのセンセーションを有しているのだ。人気のキャラクターではあるが、倫理的な問題に根差した過去を持ち、常に人間とポケモン、人工と自然といった二項を対立させる題材となり得る。それは軽々しくは扱えないが、つい手を伸ばしたくなる魅力を内包している。実際、ミュウツーだけは例外的に続編のスペシャルアニメ『ミュウツー!我ハココニ在リ』まで製作されている。

この映画では、ミュウツーは当初ティムの父親が遭った事件の元凶のように描かれるが、それも以上の経歴を鑑みれば、ごくごく自然なこととして受け入れてしまう。意に反して囚われの身である彼は、周囲の人間に対して当然憎しみを抱えているだろうという映画上の文法と併せて、そうとしか思えないように描かれている。

巧みなことに、この映画は事件の真相と絡めてそのパブリックイメージを覆す。ティムの父親に善性を見出したミュウツーが、人間への理解と和解を示すシーンは、ピカチュウの正体の提示と共に、意外なサプライズだ。劇中では「ミュウツーは20年前にカントー地方から姿を消した」という情報があり、実は『赤緑』や『ミュウツーの逆襲』の彼と同一なのではないか?といった含みも持たせられている。もしそうなのだとすれば、子どもの頃からポケモンと言うコンテンツを追ってきた人間には、今作のミュウツーの変化は感慨深く思えるかもしれない。

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まとめ: シリーズ化して化けてほしい

冒頭述べた通り、今作はポケモンの魅力を映すことにおいて余念がない代わりに、脚本や演出面ではあまりパンチが効いていない。

とはいえ、多種多様な生物の共存する世界はディズニーの『ズートピア』を彷彿とさせるし、個性的なキャラクターを持ちながら、そのくせ可愛いというマスコットは『パディントン2』と共通する。これらは一見すると低年齢層に向けられた装いであるものの、年齢に縛られず誰にでも見ごたえのあるテーマを巧みに訴えてくる気概が感じられた。

最後にピカチュウが元に戻ってしまったことから、シリーズ化の想像があまりつかないものの、もし次があるのだとしたら、既に多くのファンを獲得していることを好機と捉えて、意欲作を作り上げてほしいと願う。それに何よりも、あのポケモン達とまた会いたい。そう思わせるだけの魅力はたしかにあった。

 

関連記事: ポケットモンスターの映画

▼2017年公開のアニメ映画『劇場版ポケットモンスター キミにきめた!』

▼2018年公開のアニメ映画『劇場版ポケットモンスター みんなの物語』

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