天を衝く完全燃焼アニメーション『プロメア』レビュー【ネタバレ】

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アイキャッチ画像: (C) TRIGGER・中島かずき/XFLAG

こんにちは、TOHOシネマズのポップコーンに必ずバターオイルをお掛けするワタリ(@wataridley)です。

『天元突破グレンラガン』『キルラキル』でタッグを組んだ今石洋之監督と中島かずき脚本による新作アニメーション映画『プロメア』を鑑賞しました。その感想を述べていきます。

今石洋之と中島かずきの両名は、これまで高く評価されてきたアニメーション作家・劇作家であり、新作アニメーションの報せがあった時からそのキャリアに相応しい注目を集めていました。特に今作は『グレンラガン』『キルラキル』とは異なり、完全オリジナルの劇場アニメということもあって、テレビ以上に迫力のある映像を届けてくれるのではないかと思わずにいられませんでした。

一方で、一本の映画として作られる以上、時間制約は避けられません。2時間という上映時間の中で、キャラクターやストーリーに魅入らせるには、相当の工夫がなくてはならないことは、曲がりなりにも映画を好き好んできた自分にとっての懸念点であり、期待を寄せている部分でもありました。

公開前の時点で発表されていたメインキャストと、彼らが演じるキャラクターにもハートを鷲掴みにしてくる魅力があります。バーニングレスキューに所属する熱き火消し男ガロ・ティモス役に松山ケンイチ、炎を操る人種バーニッシュの組織のリーダーであるリオ・フォーティア役に早乙女太一、そして舞台となるプロメポリスの司政官クレイ・フォーサイト役に堺雅人、と名の知れた俳優が尖った個性を放つキャラクターになりきるというところにも注目していました。

コヤマシゲトによるポップなキャラクターデザインなども相まって、ビジュアルから引き込まれました。公開前からトレーラーやポスターなどを何度も見返していたほどです。

公開日の午前中に劇場へ足を運び、全身に『プロメア』を浴びて以降、この文章を書いている今に至るまでプロメア熱は収まっていません。2時間で見せ場が連続し、キャラクターは皆大立ち回り、そして最後には理屈をぶち抜く熱い根性を見せつけられ、気持ちのいい疲労感がやってきました。

『プロメア』について、以降ネタバレありで感想を述べていきます。未見の方はご注意ください。


90/100

ワタリ
一言あらすじ「燃えて消す!」

ビビッドな色味とコンセプトを反映したビジュアル

『プロメア』の映像は、他に類を見ない色合いとデザインで溢れている。

まず色に関して言えば、通常のアニメよりも鮮明に映えるカラーリングが重視されている。ガロ・ティモスらバーニング・レスキューの面々のキャラクターデザインは、グレーや黒といった明度の低い色合いは控えめに、青やピンクといった原色に近い色が大胆に取り入れられている。彩度の高いカラーリングはスクリーンでよく目立ち、複数のキャラクターが並び立つと殊更に賑やかになる。それがダイナミックに動き回るシーンもたくさんあるので、目で追っているだけでも楽しいというものだ。

逆にリオ達マッドバーニッシュのメンバーは、黒をビジュアルの基調とし、髪の色も若干落ち着いた色味に抑えられている。被差別人種という陰のある彼らの境遇に合わせた色彩設定がなされており、キャラクター性と色は密接に紐づけられている。単に派手な色に傾くばかりではなく、一目でキャラクターの理解が進むよう計算されているように映った。

キャラクターデザインのみならず、メカデザインや背景美術、エフェクトに至るまでもがこうした意図を感じさせるものになっている。

バーニングレスキューの使う車両およびパワードスーツは、全体的に四角形で形作られており、彼らが使用する氷結弾も着弾すれば四角の氷に変化する。上位組織であるフリーズフォースや、クレイ・フォーサイトがいる奇怪なビルも基本的には四角がベースになっている。ハコの形は、統制や規律といったイメージがつく体制側の人間によく似合う。一方で、マッドサイエンティスト呼ばわりされていたルチアが開発し、ガロが用いるマトイテッカーだけは、極東の火消しにならってそうした枠からはみ出たデザインとなっているのも頷ける。

対してバーニッシュ達は、三角形で構成されたバーニッシュフレアを操って体制に抗う。バーニッシュフレアから散る火花は一貫して三角形で表現され、炎の本体も外縁は角ばっている。蝋燭に灯る火を連想した際に見えてくる曲線といったものは皆無で、ローポリ感が強い。そこから攻撃的なバイクや鋭い剣を生成するという荒唐無稽な技も披露され、フィクションの嘘が大胆不敵に発揮されている。ネオンピンクとネオンイエロー色付けされた硬質的な炎の形は、これまでに見たことのないハイカラでスタイリッシュな印象を与えており、実に不思議な表現である。

四角と三角の対立構造が一貫しているから、ガロとリオが2人で搭乗するデウスXマキナの曲線的なアウトラインはちょっぴり新鮮である。当初は対立していた2人が手を取り合い、丸みを帯びたボディをベースに、リオがガロの好みに合わせて外見をアップグレードする描写は、それまでのドラマがデザインへと昇華されて清々しい。最後に宇宙規模の完全燃焼を遂げるガロデリオンは、リオデガロンには無かった光輪を背につけており、大勢のバーニッシュ、ガロ、リオ達の和を示唆していたことにも気付かされた。

(C) TRIGGER・中島かずき/XFLAG

 

外連味が溢れかえっている演出と映像

歌舞伎役者のように名乗りを上げるガロに代表されるように、今作には外連味溢れる演出が目白押しだ。

冒頭、バーニッシュが出現する発端が描かれる場面では、モノクロームの色と台詞を抜いた映像で抑圧された人々の苦しみを描き、ピンク色の発火の衝撃を際立たせる。そして世界の崩壊を人々の混乱の声と様子で語り、世界観を説明する。『マッドマックスFury Road』を連想させる不穏な導入である。

PROMAREというぶっとい文字がザク切られて幕開けた後には、CGで雄大なプロメポリスの風景が写り込んでくる。

今作には、ここに限らず3DCGが随所に用いられており、壮大なスケール感を演出しきっている。

四角形の建物が並び立ち整然とした印象を与える街の中で、序盤のアクションシーンは展開する。ガロが初めてリオと戦う場面では、ビルから吹っ飛んだガロが、建物の壁を伝って備え付けの消火器を利用し、リオに追いつきまた別の建物へ突入するという一連の動作がワンカットで描かれており、まずここに見入った。景色が整然とした街並みだからこそ、2人の激突が見やすくなっているし、CGで描画されたマトイテッカーの動きも機敏に動く。狭い足場でガロとリオが一騎打ちをするシーンにおいて、高速で剣から弓に持ち替えて放つ動作なども「炎が弓と矢に変形する」という嘘を嘘と認識する間さえ与えないほど滑らかで、惚れ惚れとする。そのくせ、こうした動作も勿体つけるこなく瞬間的に流れていくのだから、贅沢なものだ。

バトルシーンの動きは3DCGで形作られた立体的な舞台によって、観ている側に臨場感をもたらしてくれる上に、バーニッシュフレアというカラフルなエフェクトも相まって、画面内の情報の豊かさそのものに感動してしまった。巨大なドラゴンと化したリオがクレイを目指して飛翔していく場面も、巨大なビルを見上げる画とそこを回転していく動的なカメラワークが駆使されたことで、観客に与える迫力がダイレクトに、増長して伝わってくる。

今作の3DCGは従来のアニメーションとの親和性も高い。手書き部分におけるキャラクターの表情はどれを取っても活力がみなぎっており、3DCGが多用されるシーンの合間に挟まる手書きのアクションも動きは丁寧。また、カートゥーンのようにシンプルで明瞭な色合いの背景やキャラクターに合わせたCGは、うまく馴染んでいる。結果として3DCGと手書きの絵の境目は極めて曖昧だ。お陰で、キャラクターの顔が大写しになる画などは手書きで密に表情を作り込み、アクションシーンでは3DCGで存分に動きと立体感を生むという「良いとこどり」がなされている。

キャラクターやメカの登場時に表示される赤い文字も華々しい印象を与える。ガロ・ティモスやガロデリオンの文字など一部は画面の情報量が多すぎて明らかに表示しきれていないのだが、それでも表示するというあたりに、今作の大盤振る舞い精神が垣間見える。特にマッドバーニッシュの登場時は、高いビルからガロを見下し、3人が並んでポージングを取るというキメの絵に加えて、そこにかかるSuperflyの「覚醒」もテンションを盛り上げてくるものだから、初っ端から目も耳も釘付けである。

その直後に、実は文字表示は演出上の架空のそれなどではなく、モニターにも表示されており、戦闘後にリオとガロが対峙した場面でも実体として画面上に残ったりするという遊び心も抜かりなく、ため息が漏れる。ガロがリオデガロンの口上を叫んだ時に文字が四散していく演出も、ここから本領発揮という局面に多幸感を付与していた。

いかにも見せ場となっているシーンのみならず、演出上の工夫は静かな場面にも発揮されている。ガロとアイナが互いの境遇を氷上で語らい合うシーンでは、語り手の目線から聞き手を捉えつつ、陽の光に応じて回転するカメラでアイナの心情を描き出している。

全編に渡って効いているハッタリは、本来シンプルなはずの物語を良い意味で誇張し、こちらを楽しませてくれる。アニメーションならではの演出の数々に目を奪われているうち、あっという間に111分も過ぎていった。

(C) TRIGGER・中島かずき/XFLAG

 

エモーションを掻き立てる多彩で壮大な劇伴音楽

澤野弘之が担当した劇伴も素晴らしい出来色である。上記のようなビジュアルを引き立てる役割を遂行するのは勿論のこと、一部の楽曲は画面で主役然と響いてさえくる。

劇中3回も流れるのにその都度異なった感情を沸かせに来る「Inferno」は大聖堂でかかる讃美歌のような歌い出しから、爽やかなロックミュージックに転じ、一部にはソロボーカルがせつない音を出すパートも含まれる。清らかで、爽やかな音色は、冒頭では幾何学的なプロメポリスをいっそう広々と見せる効果を発揮し、それがクライマックスの完全燃焼においてはガロとリオの完全燃焼に清々しいエールを送り、パラドクシカルにちょっぴりの寂しさも後を引く。サウンドトラックを購入して何度も聴いているが、やはり劇中の映像と展開と組み合わさってこそ絶大な魅力を放つ楽曲だとも感じている。

オンボーカル曲で言えば、洞窟でリオがガロに対してバーニッシュの定めを語るシーンにおいて流れる「ΛSHES」も彼らの背景を匂わせる香辛料として機能しており、またデウス・X・マキナ=ガロデリオンを得てガロとリオがクレイに立ち向かう部分で流れる「NEXUS」は宇宙を思わせる電子的なメロディの中で女性ボーカルの声が強く木霊し、高揚感を高めてくれる。クレイとガロの形勢逆転時に流れる「Gallant Ones」はエレキギターの音色が実に格好良く、「主人公が死ぬわけない」という予定調和をそうとは感じさせないよう仕立てていた。

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声が入らないBGMも魅力的なものばかりで、映画冒頭のバーニングレスキューの出動時にかかる「WORLDBIGFLAMEUP」はバリスが空に舞い上がる瞬間に合わせて最も盛り上がるメロディを流すことで、バーニングレスキューのアクションの第一印象に刺激をもたらしていた。映画のオープニングシークエンスにおける「BangBangBUR!…n?」も腹の底に響くドラムが不穏当な空気を画面の外にいる自分に伝えてくれており、掴みとしてばっちりだった。

ほかにもいかにも勝利BGMらしい盛り上がりをくれる「PROMARETHEME」等、とにかく曲ごとにテイストが異なっており、ふり幅が大きい。しかし、一貫してどの曲も劇場版に相応しい奥行きを感じさせてくれる。音響の関係からか一部の台詞が聞き取りづらかったものの、今作の映画音楽はシアターで鑑賞してよかったと思える大きな要因だ。

更には、Superflyが提供する劇中歌「覚醒」も不可思議な呪文のような歌詞や揺れ動くメロディ、そして何より力強いSuperflyの歌声にハートを奪われた。すぐにでもフルを聴きたいのだが、公開日から少し離れた6月12日発売とのことなので、楽しみにしながら待つことにする。

 

役に振り切ったキャストの演技

『プロメア』は、個性的なキャラクターが大立ち回りする活劇的な要素が強く、したがって相応の魅力が各人に備わっている必要がある。

今作におけるメインキャストの松山ケンイチ、早乙女太一、堺雅人の3人は、その魅力の付与に成功していると断言できる。それどころか、役と一体化しているとさえ言える。

猪突猛進な熱血漢だがちょっと冷静になれる度量も持ち合わせているガロ・ティモスを、松山ケンイチは気持ちよく演じきっている。「俺の火消し魂に火がつくぜ」といった口上には、クセになるリズムと抑揚が込められており、プロモーションビデオの段階から引かれていたが、本編は更に見どころならぬ聞きどころが多かった。叫びの台詞が多いものの、どれも変化を感じさせてくれるし、物静かなシーンにおける微妙な感情も表現している。自分が初めて松山ケンイチを知ったのは『デスノート』のLであり、今までそれほどテンションの高いイメージを持っていなかったため、今作の役所は新鮮だった。

リオ・フォーティア役の早乙女太一は、リオの中性的なルックスからは想像がつかないボソッとした喋り方が意外にも耳に心地よく響いてくる。また一方で、クレイに逆上し声を荒げるシーンにおける圧も凄まじい。劇場という大舞台で聞くに値する迫力ある叫びが聞けて、こちらの体温も上がっていた。静と動の両面においてリオの内面にある怒りや悲しみが感じ取れて、具体的な心情を台詞にせずとも、キャラクターを掴むことができる演技であり、声質と合わせて、早乙女太一以外に適役はいないと言える程よかった。

そして何と言っても、堺雅人の怪演が最後には強烈なインパクトを残す。この映画を見る前と見た後とでは、堺雅人に対する見方は激変すること間違いない。世間向きにはすぐれた人格と頭脳を持つ為政者として振る舞うクレイ・フォーサイトが、徐々に内面をむき出しにしていく過程の豹変ぶりからして、不気味だった。ガロに対して激昂するシーンは、穏やかな声を保ちつつも不穏当な苛立ちが音の荒波となって現れていてぞっとさせられる。しかし、素性が明らかになって以降の暴れっぷりは、もはや笑ってしまうほどに超特級のハイテンションだ。「滅殺開墾ビーム」といった必殺技を高らかに宣言する声は、地球が滅ぶか滅ばないかの大決戦だというのに、奇妙にも楽しさがこみ上げてくる。彼の怒りの演技の台詞は「漢字でも平仮名でもなくカタカナ」と共演者に形容されていたのも、納得できるぐらい他に類を見ない演技だ。心底から鬱憤を晴らしに来ているのか?と疑うレベルだったが、そこはきちんと氏の演技であることを願ってやまない。

名の知れたところでは、ケンドーコバヤシ、古田新太もキャストとして参加している。

ケンドーコバヤシは、マスコット的なネズミを演じるために、自身の匂いを消して役にはまっており、エンドロールまで気づかないという人もいるだろう。というか、気づきようがないが。

古田新太は、「劇団☆新感線」の脚本を務めている中島かずき氏のリズムを理解しているのか、ほとんどワンシーンの登場の中でも、作品の舞台の骨子を支える堅実な仕事を果たしている。『劇場版ポケットモンスター キミにきめた!』や『パディントン』シリーズの吹き替え等と同様にアフレコも当然のように上手い。

メインキャスト以外で作品を支えるキャストも、普段はアニメなどのアフレコを経験している実力者揃いだ。

バリス役の稲田徹やエリス役の小清水亜美らは、今作の制作会社であるTriggerの作品への出演経験があり、今作でもサポーティングロールながらもっとそのキャラクターの活躍が見たいと思える魅力を放っている。

個人的にはルチア役の新谷真弓のボイスには脊髄にまで響き渡るほどのチャームを感じて仕方なかった。ルチアが口を開くたびに脳が快楽の園に誘われて大変だった。尚この感想は、自分が新谷真弓のファンだからという補正によるものではないことを念のためにお伝えしておく。

(C) TRIGGER・中島かずき/XFLAG

 

プロメアが示唆する「抑圧された個人の怒り」

かくして、物語の佳境に入ったところで「たまたま」デウス・プロメス博士の根城に入ったガロ達は、バーニッシュの力の根源を知らされることとなった。

バーニッシュが人体から発するバーニッシュフレアは、通常の炎とは異なり、平行宇宙から漏れ出したエネルギーの一部とされる。平行宇宙に存在するエネルギーの大元「プロメア」は、30年前突如としてこの宇宙にある地球の地殻内に接続され、地球に住まう一部の人間たちにそのエネルギーを付与した。プロメア達の「もっと燃えたい」という完全燃焼欲求に促進されたバーニッシュ達は大炎上を引き起こしてしまう。それが原因で迫害されたバーニッシュ達が味わった苦痛は、皮肉にもプロメア達に返却され、地球の地殻内にいた彼らを刺激する。そうして地球が滅亡の危機に見舞われることとなったというわけである。

このプロメアの説明を聞いていたガロは眠気を我慢しきれていなかったが、ここにはさらりと重要な含みが持たせられている。

自衛のためというお題目のもと、マジョリティがバーニッシュに与えた苦痛が回り回って人類そのものの存亡に関わってくる構造は、まさしく社会の負の歴史そのものだ。マイノリティを虐げる行為に対しての批判的・自省的な見方というものは、後々に省みられることはあっても、肝心のその時になされることはない。迫害や差別の根底にあるのは自分たちさえ良ければそれでいいという考え方である。

しかし、特定の属性を持つ者たちを除け者にしたり、抑圧するような行いは、長期的に見れば確実に社会全体にとっての不利益となる。社会からドロップアウトさせられた人々が経済活動において存分にパフォーマンスを発揮することは当然ながら困難であるし、それどころか民族や宗教、人種の間に対立を生み、最悪の場合命の奪い合いにまで発展してきた。バーニッシュを虐げることで、地殻内のマグマが暴走し、人類全体の存亡に危機をもたらすという仕組みは、サイエンスフィクションを使った社会風刺と言いあらわせる。

バーニッシュが使う炎が怒りそのものの具現化のように描かれていることから見ても、この喩えは説得力を持ち得る。

オープニングシークエンスで登場する人々は、他者に言い表すことのできないストレスを炎に変えて発散する。それはある所では窮屈な満員電車や渋滞に対してであり、またある所では暴力を振るってくる支配的な相手に対して行われる。ヴァルカンに敗北し、仲間を連れ去られてしまったリオがその炎を激しく燃やし、ドラゴンとなってプロメポリスを蹂躙するシーンにおいても、端的に表されている。

バーニッシュたちが起こす火災に対して、当初のガロは「ハタ迷惑な炎は消してやるよ」と宣い、バーニッシュの事情を間近に見た際にも「炎を抑えることはできないのか」と口にする。

たしかに怒りを表明せずに宥和的な態度をとり続ければ、見た目の上での平穏は得られるのかもしれない。しかしだからといって、身に受けるどんな理不尽にさえも怒りを表さずにいるというのは、土台不可能な話である。何より、不満を表に出すなというのはいつだって強者の側の理論でしかない。虐げられし者は、波風を立ててでも自らを主張しなくては、都合のいい存在としてさらに不利益を被る羽目になるだろう。そういう意味において、リオの言う「燃やさなければ生きていけない」という言葉は、バーニッシュに限らず、現実の抑圧されし人々にも当てはまるのだ。

劇中ではクレイがパルナッソス計画のためにバーニッシュを捕らえて、犠牲を強いることで、地球の地殻内のプロメアは暴走し、世界の破滅を招いていた。これを世界に蔓延る強者から弱者への抑圧の戯画化と捉えると、今作の一見すると無理があるようにも見える解決の糸口への納得が可能になる。

リオはプロメテックエンジンのコアの中で「完全燃焼したい」というプロメア達の声を聞き、ガロと共にガロデリオンに乗り込み、地球どころか宇宙までもを燃やし尽くす。不完全燃焼だったプロメアを完全燃焼させることで浄化するという何とも驚愕のアイデアではあるが、「燃えたい」という衝動を抱えたリオと「燃えて消す」を流儀とするガロが手を取り合うことで、地球が在るべき姿を取り戻すというのは、とても理にかなっている。

怒りは溜め込むばかりではいつまでたってもその火が消えることはない。だからといって、他者を傷つけては新たな炎を生み、戦争という名の大炎上に繋がりかねない。その苦しいジレンマを解決したのが、ガロの持つ「みんなを守りたい」という意思であった。当初はバーニッシュの発火を迷惑と言っていた彼が最後には怒りの発露を肯定し、それでいて誰も傷つけさせないという意思を貫く。大いなる矛盾を孕んだアクションではあるのだが、個人の感情と社会との利害という柵を取り払うために、水と油だった2人が一蓮托生の大仕事に打って出るというのは、この上なく熱くてスマートな解決策である。宇宙規模の大炎上も、ド迫力の映像で惜しみないインパクトを与えられ、感情の高ぶりはここで頂点に達する。

『プロメア』におけるプロメアは、アニメーション上の派手な表現を生み出しつつ、個人の抱える怒りが仮託され、だからこそ観る側の抱える内面に響いてくるのではないだろうか。炎を激しく燃やすリオとその炎を打ち消すガロの2人のエモーションに感化されることで、一時的にでも日常で積み重なったストレスから解放され、気持ちのいい気分転換になる。ガロとリオが燃え尽きた後には不思議と自分も疲労感を覚えるが、それも彼らにシンパシーを感じたからにほかならない。

(C) TRIGGER・中島かずき/XFLAG

 

まとめ: かつてない刺激的なアニメーションの誕生

『プロメア』は、とにかくダイナミックな映像が前面に押し出されたアニメーションになっている。それは、中島かずきによる見せ場を盛り込んだ脚本が発着点としてあり、それを見たことのない技法で表現してみせた今石洋之監督以下スタッフの踏ん張りに由来するものなのだろう。コヤマシゲトによるポップなキャラクターデザインと独特な色彩の設定も目を惹くが、それらと違和感なく化合している3DCGの数々も映画のスケールを高めている。3DCGを担当した「サンジゲン」は、今石洋之監督の『パンティ&ストッキング with ガーターベルト』においても組んでいたとのこと。

今作はそうしたスタッフ達の今までの経験を集約させながらも、今までにないアニメを作ってやろうという気概が感じられて、非常に充実した111分を味わうことができた。アニメーションらしい現実離れしたビジュアルの数々に魅了され、何度でも劇場に足を運びたくなっている。澤野弘之によるスコアもシーン毎の情緒を高めてくれており、リピート欲を掻き立てる。

一本の映画として駆け抜けた今作は、『天元突破グレンラガン』『キルラキル』以上に視聴しやすい。こうした作品が世に生まることで、映画もアニメもいっそう活性化していくのではないかという期待があるので、『スパイダーマン: スパイダーバース』と合わせて、長く広く推していきたい作品である。

 

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