ささくれ立ったティーンは黄色いビートルに乗ってオトナになりゆく『バンブルビー』レビュー【ネタバレ】

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アイキャッチ画像:(C)2018 Paramount Pictures. All Rights Reserved. HASBRO, TRANSFORMERS, and all related characters are trademarks of Hasbro. (C)2018 Hasbro. All Rights Reserved.

こんにちは、運転免許持ってないワタリ(@wataridley)です。

今回は『トランスフォーマー』シリーズのスピンオフ作品『バンブルビー(原題: Bumblebee)』を観た感想を書きます。

マイケル・ベイによる人気映画シリーズ『トランスフォーマー』は、2006年の第1作から2017年の『最後の騎士王』まで続き、息の長い人気を集めてきました。

とはいえ、シリーズも続けば続くほど、新規のファンは参入しづらくなり、批評家・ファン共々からも作品の質についてマンネリ化の指摘を受けていました。そんなシリーズの淀んだ空気を一旦霧払いするという意味で、この『バンブルビー』は手頃な作品になるように思いました。自分は最初の3作品をテレビ放送で目にした程度でシリーズを熱心に追ってきたわけではないので、新たな導入として今作に期待していました。

更に、今作の監督はあの『KUBO/二本の弦の秘密』のトラヴィス・ナイトではありませんか。ストップモーションアニメだった前作から、実写作品の今作への変化も気にかけながらの鑑賞となりました。

一言でとても満足できる作品でした。家族の中で独り前向きになれない少女が地球外生命体と触れ合うことでささくれ立った心を癒していく素朴なドラマと、地球に危機が迫るSFものの要素がうまく組み合わさり、適度に心温まり熱くなれる映画となっています。

以降、ネタバレを含めた感想になります。


74/100

ワタリ
一言あらすじ「A teenage girl become grownup.」

バンブルビーの動きと表情にくすぐられる

幕開け直後、惑星サイバトロンで侵略者ディセプティコンを迎え撃つ勇猛果敢な兵士B-127は、黄色く丸みを帯びた比較的小柄な体躯をしたオートボット。

撤退を余儀なされたオプティマス・プライムの陣営は最後の望みをかけて地球にB-127を送り出し、後に合流することを約束する。地球に降り立ったB-127は逃走の最中に声を失い、意識朦朧としながらも黄色いビートルを読み込み、遂には倒れこむ。

この序盤のアクションシーンでは、敵を滑らかに撃退していく彼の活躍ぶりが描かれる。カメラは彼の体全体を移し、攻撃対象や追っ手も適度に捉えて、全体像を把握させる。だから躍動感を保ったまま、画面内で何が起こっているのかがわかるし、バンブルビーの動きも整理されて伝わってくる。素早く走り、敵にしがみつき、敵の装備を活用して形勢を逆転するアクションなどは、小難しいロジックが一切ない。

人間よりも巨大なロボットが登場する映画では、下手すると情報量が溢れかえってしまい、観客の集中力を削いでしまうこともある。一方で『バンブルビー』のそれは、例えばビーが逃げ込もうとする坑道や早く止めなくてはならない通信塔といった形でそのシーンにおける目的をわかりやすく共有をしつつ、ツボを抑えたアクションが小気味好く展開する。凶暴性を訴える武器で攻撃してくる敵機を足技で軽やかに往なしたり、一旦ビートルに変形して女装をつけるといった動きは、アクションの中でさりげなく差し込まれておきながら、記憶に残る緩急のリズムを提供している。人型から車へ、車から人型へのトランスフォームも鮮やかで、あるパーツ同士は組み合わさり、また別のパーツは分離して別の形になるメカニズムには視覚に快楽をもたらしていた。これがまた見せつけるようではなく、実にさりげなく披露されるので、かえってSF要素が日常化している浪漫を増長させている。

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チャーリーとの交流パートにおける彼の表情も豊かである。機械の体を持っていながら、その動きはさながら幼い子どものようであり、未知のものに出くわしたら青く光る瞳には不安が現れる。眉にあたるパーツをひそめて怯えたり、また見開いて喜んだりすると、機械のボディに温もりが宿る。巨体にも関わらず、チャーリーに怯えてガレージの隅に体育座りする彼に母性を引き起こされる人も多いのではないだろうか。あるシーンでは、犬に興味を持ち手をこまねく動作によって、純真な彼の気質が印象付けられる。これらの感情表現が一種のギャップを感じさせ、シーン毎にバンブルビーに注目せずにはいられなかった。音楽の好き嫌いをカセットテープの射出で示すという素っ気なさも、これらの温もりある表情の中で際立っていた。

メガホンを取ったトラヴィス・ナイトは『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』においても同様にキャラクターの挙措動作や表情に心情を映す緻密なビジュアルを作り上げていた。

その経験は今作のオートボット作りにも寄与していると見える。喋れなくとも、地球のものに対する反応やチャーリーとの交流から彼のキャラクターが導き出され、生き物のように映る感覚は、あの上質なストップモーションアニメと根底で繋がっている。トラヴィス・ナイトのanimation(=命を吹き込むこと)の知見は、実写映画たる今作でも遺憾無く発揮されていた。

このように、バンブルビーのキャラクターを示すものとして、ウェルメイドなアクションと感情表現があった。それ加えて、80年代の音楽が用いられていたのも今作の見どころだ。

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80年代の音楽を通じたコミュニケーション

バンブルビーが80年代のヒットソングを用いてチャーリーと意思疎通を図る描写はとても親しみやすい。

地球外生命体にして声帯機能を抜き取られてしまった彼にとって、カセットやラジオは貴重な情報源にして人間とのコミュニケーションツールとなる。我々と異なるなり形をした彼が、我々の知る音楽に触れて、地球の文化に慣れ親しんでいく様を聴覚面にアピールするという観点から見ても、ビーによる音楽再生は秀逸な演出である。チャーリーから教わった音楽を聴いて踊ったり、あるいは好き嫌いをテープの射出で示すビーには、チャイルディッシュな性格を見出すことができる。そして、最終決戦においては嫌っていたザ・スミスをもチャーリーを守るための台詞として発することで、彼女を守ろうとする強い意志を感じさせる。

観客のノスタルジーを呼び起こすために、旧い音楽を流す映画自体は数多い。それは登場人物が聴いているかもわからないBGMとして用いられるか、登場人物たちが露骨にカルチャーとして享受している描写があるかのどちらかが大半である。だが、バンブルビーにおける音楽はコミュニケーションの道具として合理的に用いられる。また、その使い方がもの慣れていくにつれ、ビーとチャーリーの関係も浮き彫りになっていく。

音楽はチャーリーにとっても大切なルーチンであることは、彼女が初登場するシーンから示されている。音楽を聴きながら歯磨きをする。独りで作業していたガレージにも父親との思い出などと一緒にたくさんのカセットテープやドーナツ盤が収納されたいた。彼女にとっての心の支えがやがてはビーにとっての大切な声になるという過程に愛おしい友情を見出すことができるし、最終的にはチャーリーの声がビーの体内に宿っていることを以て、2人の繋がりは決定づけられるのだ。

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物語の核: チャーリーが車に乗れるようになるまで

今作の物語の中心に据えられたチャーリーのドラマには、まだ親元を離れて自立できないティーンらしいじれったさと、最愛の父親を失ったことによる切なる寂しさがあった。

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物語の始め、チャーリーは自分の家のガレージにある車を修理することに腐心していた。17歳にして、通い詰めている車工場でも感心されるほどの知識を持っているが、やはり1人では直すことができない。

車が思うように修理できずに苛立つばかりか、血のつながらない父親のいる家族とも解け合えない。弟を含めた家族3人はとっくに前に進んでいるというのに、チャーリーだけは一緒にテレビを観ることもできずに、ガレージで車の修理に囚われる。

アルバイトをしているシーンにおいても、チャーリーの表情は陰っている。同世代のグループとぶつかって服を汚してしまうというハプニングに見舞われた後、チャーリーは悔しそうにその騒がしい輪を見つめる。ヘイリー・スタインフェルドの表情も、バンブルビーに負けじ劣らず自分にその胸の内をのぞかせてくれる。ビーを陽と例えると、チャーリーは陰と言えるほど、当初の彼女はささくれ立って、不用意に近寄れない雰囲気を出していた。話しかけたくても中々話しかけることができなかったメモの描写がそれを物語る。彼女自身も本当は家族やグループの輪に憧憬を抱いているけれど、それを素直に行動に移すこともできず、その苦しみを車の修理に発散しているのだ。

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車というのは、大人を象徴するアイテムだ。技術的にも、経済的にも、子どもでは乗ることができない。だから、どこか遠くに行くこともできない。チャーリー自身もまた、心は遠方を求めているのに、それが叶わない存在=子どもとして当初は描かれる。

だが、18歳の誕生日に町工場で譲り受けたビートル=バンブルビーとの出会いがそんな彼女を大人にしていく。古びたビートルの修理に成功した彼女は、父親が遺した車を見る時と同じように、車体の下に潜り込む。ここでビーとの初の顔合わせが果たされることになるわけだが、とても印象的なルックに仕上がっていた。暗い闇の中に浮かび上がる顔が、忽ち変形し、チャーリーを地べたに置き去りにしたまま、本当の姿を露にする。このシーンは思い返してみると、彼女を「修理」という段階から解き放つ様をありありと見せていたのかもしれない。

チャーリーはバンブルビーと秘密の親睦を深め、やがて近所に住む少年メモとも知り合う。3人で音楽をかけて車を走らせる場面の賑やかさは、チャーリーの最初を知っていた自分には、とても頼もしいものとして届いてくる。

ビーはオートボットであるが故に車としては高性能だ。状況に合わせた選曲をしてくれたり、時にドアで背中を押してくれたりもする。チャーリーがハンドルに手を掛けなくとも、勝手に運転してくれる。警察とのカーチェイスにおいても、ビーのおかげで窮地を脱することができた。チャーリーがその精神をビーに委ねている状況が、ドライバーと車という関係によってメタフォリカルに語られていると言えよう。裏を返せば、バンブルビーに車の運転を任せる余地があるために、チャーリーはまだ1人前のドライバーとは言えないのである。

飛び込み競技の州大会で優勝するほどだったチャーリーは、崖の上で挑まれた勝負を辞退する。そうして、メモ、ビーと一緒に悪ふざけをして警察に追われる羽目になるわけだが、これもまたビーが家の中を荒らしてしまう遠因となる。そうして、家族から目を背けていたという事実にも直面せざるを得なくなり、逃避行の最中にビーも捕らわれ、挫折を味わうことになる。

その挫折から立ち上がるまでの過程が、終盤では段階的に描かれている。ひとつは弟との隠し事による結託。ビーを救いに向かう時、原付バイクに跨った彼女が身に着けた花柄のヘルメット。軍から追われている際の、ロンとの結果的な協力プレイ。そして、飛び込みの再演である。

ビーに救われるばかりだった彼女が、ディセプティコンとの戦いで傷ついたビーを水中から助け出すべく、かつてを思い出し勢いよく飛び込む姿は、明白に彼女の復調を示している。正確には、その前にも「離れた通信塔に飛ぶ」というアクションを取っており、チャーリー自身の問題を解決するまでの道筋が丁寧に描かれていることがわかる。

最後チャーリーが家族の元へ帰り、メモとのこれからを期待させた後に、成長が決定的に描かれていた。父親の写真と共に飾られるビーとの2ショットが映り、修理を終えた車を走らせるチャーリーの気持ちよさそうな姿が続く。ビーと別れてしまった代わりに彼女は一人前のドライバーとなり、世界を駆けることができる。ビーとの出会いと別れが、父親との別れを受け入れる契機となり、チャーリーは大人になったのである。

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相次ぐステレオタイプを安心感とみなすか

心に一物を抱えたティーンの少女(少年)、スクールカーストを露骨に反映したグループ、地球外生命体の飛来、それを追う軍など、設定だけをかいつまんで見ると、今作は特段目新しいと思うことなく上映時間を終えることになる。意外性や刺激は

登場人物の面でも、既に手堅い人気を得た映画からのサンプリングは多い。心優しき地球外生命体、好奇心が災いして知らず知らずのうちに大きな危険を呼び込んでしまう科学者、心優しき生物を心無しと決めつけ執拗に追いかける軍人、主人公にとてつもなく嫌味たらしい態度を取る高飛車な同級生など、ステレオタイプを地で行く人物描写の数々である。敵勢力ディセプティコンのシャッターとドロップキックに至っては、形態変化以外に個性を見出すことが困難なほどに、単純明快な悪役像に押し込められていた。

ただ、これらのステレオタイプ描写は退屈さにはつながりにくい。ひとつの理由に今作の計算された演出や高質な映像にカバーされているからであり、もうひとつに敢えて背景を単色で塗り上げることで映画の主役であるチャーリーとバンブルビーのドラマにそれだけ注目させるという意図が明白だからである。

ディセプティコンが軍と協力関係を築くシーンの数々は誰もがそのオチを予測出来うるほどシンプルな筋書きであったし、オプティマス・プライム達のドラマも背景的に済まされているおかげで、単作の物語を楽しむ余裕が生まれていた。実際今作はシリーズを観ていなくとも大丈夫という設計になっている。

派手さを求めてしまうと、食い足りない場面はあるかもしれない。計画もなしにバンブルビーを助けに行くチャーリーなど、終盤は少々強引な展開も目立っていたが、総じてSFを絡めた「ティーンが大人になるまでの物語」としてまとまっていた。

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まとめ: バンブルビーらしい愛嬌ある映画

今作は、いわゆる大作映画の中でも小粒な印象を与えていると感じる。

それは上に述べたように、予測がつきそうな展開・設定であったり、他の作品から引用してきたような人物像による。だが、かえってそれらがしっかりとした土壌を形成し、その上でチャーリーとバンブルビーが目いっぱいに魅力を訴えている。

今作の魅力ははっきりとその2人それぞれのキャラクターや交流にある。宇宙を舞台に、数多くの登場人物がごった返す『スター・ウォーズ』のような多面的な楽しみ方には欠けるかもしれないが、はっきりと何を愛好すればいいかわかりやすい親切な設計になっている。故に今作はバンブルビーのように親しみやすい映画なのだ。スピンオフということで風呂敷を広げすぎず、丁寧に1作で作られている点も好感が持てた。

強烈に好きというわけではないが、激しいSFアクションに疲れたら安らぎに来れる憩いの場。それが自分にとっての今作の位置づけかもしれない。

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