5話「青い空の下で」
1話が新学期の席替え、2話が放課後のすれ違い、3話がオカルト研究部に見学に行くまでの話、4話が格闘技同好会の試合と、それぞれ学校中の衆目環視にまでは置かれないスケール感で展開されきた(そしてこの回以降もそれは一貫する)のに対して、この5話は学校行事である体育祭そのものを描いており、KSS版『ToHeart』の中でも特殊な回である。演出の面でも他の回にはない特色が目につく。
今回はあかりの目線で浩之を捉えた1話やヒロインキャラをメインにしてその地道な交流を描いた3、4話などと異なり、浩之の行動に明確なカタルシスを設けている。そのために、劇中ではあかりと志保の口から、浩之が中学の時にリレー走者を務めたエピソードが紹介されるもそれが今や見る影もない体たらく…という「溜め」がある(もちろんここまで見てきた視聴者とあかりの目線では「やる時はやる男」であることは承知している)。今回の体育祭ではリレーには出場しておらず、体育祭の最中も相変わらず張り合いのない調子で志保からの挑発も軽くあしらう。
ジュースを買いに出た先で、芹香、委員長、葵、レミィとの会話の機会を得る。それぞれの主役回で面識を持った芹香、葵とはこういった行事の中で今度は知り合いとして言葉を交わすことになり、彼女達との交流が一度きりではなくその後も続いている様子が伺え、いかにも学園生活を擬似的に過ごしているような感覚が味わえる。レミィは主役回がない都合で浩之への(友人・知人としての)好感度は最初から高いのだが、ここでラムネの開け方を教えるというニッチな共同作業(手で覆って玉押しを当ててから泡が出るまでの様子をわざわざ描写するのも面白い)で軽い一山を超えさせて彼女からの応援を引き出すので、ともすればあざとすぎる反応に見えるのをぎりぎりのところで回避している。また、スポットの当たる主役回が来ていない委員長の浩之に対する見えない壁を設けた態度は、もちろん来る回への布石である一方で、みんな一様に浩之に好意的という訳ではない交友関係のそれっぽさをさりげなく担保している。
体育祭というのは画面に映り込む人数も多ければ配置や設定も考えることが多く、1話限りである割には制作上苦労に見舞われそうな舞台設定だと思われるところを、この回では浩之が走るクライマックス以外でもモブの生徒達が競技している様子をきちんと描いており、非常に驚かされる。とりわけ玉入れのシーンは、一斉に、それぞれの動きで、ひっきりなしに球拾いと投球を行う生徒達が描画され、数秒程度のカットであるにせよTVアニメらしからぬ力の入れようだ。その直後のカットで拙い投げ方をする芹香が映り、その箱入り娘っぷりを物語る。体育祭行事をリアルに描写するためのリソースの割り当てとキャラクターを立てるための提示の順序の双方がマッチしたシーンだ。
またこの5話の劇中の時間はすべて体育祭とその後夜祭に含まれていることから、ただ1つの例外を除いては、すべて運動会でかかるクラシック音楽を中心にしたスピーカーから流れる背景音で統一されているのも他の回にない演出である。音響面でもグラウンドでは登場人物の話している最中にも大きく響き渡っている反面、体育館裏では音が遠くに聞こえるように調整されている拘りようだ。昼休みに流れるのはボーカル入りのJPOPというあたりも、いかにもな感じで細かい。
午後の400m走を1位で走り終えたところ、予定していたクラス対抗リレーのアンカーが怪我により脱落し、浩之に白羽の矢が立ちかける。オファーを一度は断った後で400m走を見れなかったことを残念がる葵と遭遇する。それが出場を決めるきっかけになるわけだが、レミィでも芹香でもなく葵がその役目を担うのは3人の中で運動部所属かつ直前の回で浩之に直接応援してもらい困難を乗り越えたという比較的強い動機が存在しているためなのだろう。
表面上はアンカーの脱落というクラスにおけるアクシデントがあり、一方で応援すると言っていた芹香・レミィ・葵はそれぞれの事情で浩之の走りを見ることが叶わず、また一方で志保は中学の時みたいに体育祭で盛り上がりたいという気持ちを燻らせるように、それぞれの小さなフラストレーションが平行線のまま描かれるが、あかりの「二人がバトンリレーをするところが見たかった」という願いを引き受けた浩之の「雅史!ラストスパートだ!」という叫びによってすべてが収束する。この瞬間がドラマチックなのは演出それ自体の劇中の環境音から劇伴音楽への飛躍したスイッチもさることながら、ここまで体育祭というイベントの空気を緻密に作り上げ、その最中に起きたなんてことないようなボタンの掛け違いで登場人物の動機を視聴者に同期させ、その一つ一つが瑣末であっても浩之の走りという一挙手一投足に集約させる工程があってこそだ。ここまで競技の様子はいずれも断片的・抑制的だったのに対して、ここではカメラを浩之の走りに置いて表情・バストアップ・足元からの煽りと角度を切り替えながらアクションをきちんと描くのも相乗的に感情を盛り上げる。結局、浩之は1位になることは叶わなかったもののそのことが後味を悪くしないのは、登場人物の行動とそこに紐づけられた感情や動機に重きを置いていることの証左である。(これはライブに参加するところまでを描かなかった2話と同様。)
キャンプファイヤーを囲んでオクラホマ・ミクサーをバックに皆がフォークダンスする様は、もはや自分の学生時代には経験のない(記録やフィクションで目にしたことがあるだけの)行事であるが、周囲の登場人物の期待やここでのみ流れるサントラ楽曲を重ね合わせた浩之の走りに視聴者を巻き込んだクライマックスを経れば、学校行事で知り合いの活躍を見届けた後の余韻を浸るひとときに十分感じられる。ここで浩之は志保以外の応援してれた友人と踊る訳だが、あかりの元へは順番を変わってもらってたどり着く。ここまでの登場キャラクター総出のお祭り的な回であっても、昔から変わらない浩之に眼差しを向けるあかりと、それに応える浩之という関係がやはり根幹にあることをナレーションと合わせて最後に思い出させる憎い幕引き。
次回予告は雛山理緒なる女子生徒について話す浩之と志保の会話。ところで、次回予告の内容は基本的に本編の会話から抜粋してそのまま採用しているが、この次回予告はあかりが注意する台詞とそれに反応する二人のやり取りが実際には6話劇中でないものになっている。
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