7話「揺れるまなざし」
とある晩の帰り道、あかりと雅史は猫が事故に遭う現場に居合わせる。この頃よく公園で猫の面倒を見ていた女子生徒もその場にいたにも関わらず、彼女は立ち去ってしまう。酷薄にも思える彼女の行動には何か事情があるようで…という幕開け。
前々回、前回とあかりと浩之の関係を描いた回が続いてきた反動からなのか、今回はこの姫川琴音というミステリアスな雰囲気の少女のドラマにおいて、浩之はほとんど狂言回しの役割を持たない形式になっている。代わりにその役割を担うのはあかりであり、あかりが琴音を引き合わせる先も浩之ではなく雅史になっている。来栖川芹香と浩之をあかりの助言で引き合わせた3話をそのまま雅史に置き換えた構図と言ってもいいかもしれない。したがって、浩之が誰かと関わるところをあかりが視線を向ける本作の特徴は一見してかなり薄く、率直に言って今回は「箸休め回」という印象が強い。
一方で、そうした回でもクオリティ面は抜かることなくしっかり一貫している。平場の会話においても当事者のあかりと雅史を囲う志保と浩之という順番でのベンチでの並びで今回の主役を立てているAパート開始直後のシーンや、志保抜きの3人で話している理科室の授業前・授業中の風景、雅史のサッカー部の試合シーンなどの学校生活のディティールはこの回でも見ていて心地良い。例のごとくあかりとすれ違う女子生徒や部活動をしている様子に至るまで個々に芝居付けが施されているのも言わずもがな。あるいは、リアル調で描かれる子猫の仕草の可愛らしさ、雨に見舞われた場面の辺り一帯が湿ってぼんやりと光が滲むセル画時代ならではな独特の空気感などは、この回にしかない見所だ。今回のメインを張る琴音の髪の毛や表情に見える繊細な線の筆使いも、登場するたびに目を引く。
あとは、傘を取りに行った浩之に小言を言うあかりと木の幹が画面端に退けられていき琴音の後ろ姿が現れる場面と、授業中に頬杖をついている浩之の後ろからあかりの思案顔が見えてくる場面の2つは、撮影の効果に引き込まれた部分かもしれない。画面がスライドして、こちら側のレイヤーの物陰から向こう側のレイヤーにあるより重要な要素が出てくるというのは、カメラを動かして被写体を印象付ける上で、奥行きをそれとなく意識させ、カメラの存在を僅かばかり匂わせる実写寄りのテクニックである。上記2つはそれぞれあかりが琴音の視線の先(子猫と雅史)に気づき、そのことをあかりが思い出しながら琴音の元を訪れることを静かに決意するという因果があり、ここを意識的に他のシーンから浮いた質感に変えたことで、言外にその関係を補強している。とても静かだが、あかりが人知れず顔を上げるAパートラストのカットに力強さを生んでいる。
とはいえ、先述のKSS版『ToHeart』の主軸は抜きにしても、今回のシナリオの印象は薄いかもしれない。その一番の理由としては、懇意にした相手の不幸な未来を予知してしまう能力を持っている故に人を避けていた琴音が、どうしてそれを乗り越えられたのかという理屈づけの乏しさが挙げられる。当初は伏せられていた予知能力は志保の手引きで明らかにしてしまうので、超常現象らしく興味を惹きつける場面は、解決手段として用いられる最後を除くと、冒頭にしかない(原作ゲームではより具体的な超能力にまつわる描写があるらしいが)。また、琴音が具体的にクラスメイトから避けられて不幸に見舞われているといった直接の描写もない(あかりが尋ねた際にそういった応対をされるに留まる)ため、周囲から疎まれる不遇さが外形的には説明される一方で、視聴者が琴音の視点に立ってその身に起きている不幸を知るような場面は欠落している。
極め付けは、琴音が雅史の応援に行こうと思ったきっかけに雅史本人は特に関与してくる訳でもないため、ただなんとなく事態が改善されたような印象に留まってしまう。あかり達が介入したことで命拾いした猫に彼女の背中が押されたことが仄めかされるも、浩之との会話や働きかけが機能しその相手が反応を示すことがささやかな気持ちの上昇に結びついていた各キャラクターの主役回に比べると、尚の事その印象は強まってしまうだろう。
この辺の歪さは、原作のノベルゲームにあった元の情報をアニメの1話に押し込めるために生じたであろうことは想像に難くない。未来予知というだけでも現実離れした要素を、しかも本来は写実的な作風を持った学園モノの1話に持ち込んだ上でオチをつける上では色々無理があったのだろう。加えて、浩之が想いを寄せられるという話は前回やってしまった以上、その重複を避けるために雅史にスポットが当たったとも想像できる。
好意的にこの回で描かれた内容を受け取ると、浩之だけでなくあかり自身も主体的に周囲の人を助けるために動くこともあり、雅史にもまた雅史なりのドラマがあったということだろう。あかりが琴音の元を尋ねることを決意したのも――明示的でなく想像に過ぎないが――自らが浩之に眼差しを向けているから、あかりもまた他者が他者に向ける眼差しに敏感だったのではないかと解釈することはできる。雅史に視線を向けながらも接近を恐れていた琴音に、一度は傷ついてしまった猫を届けてあげるという思いやりが、琴音の背中を押したものの正体と読み解けば、今回のエピソードは「浩之に対するあかりの視線」というシリーズを通しての核に対し、当たらずとも遠からずのあかりの行動を描いた回なのではないか。
いずれにせよ、浩之ばかりが毎回活躍して各キャラクターから好感度を稼いでいくとなれば、それはいかにもゲーム的な運びである。これはプレイヤー=浩之のゲームではなく主導権が引き剥がされ浩之達を外部から見つめるしかないアニメの性質を鑑みると、今回も浩之を主体に物語を回した場合には視聴者の目にはまるで浩之がなんでもかんでも解決してしまう都合の良さが、許容範囲を超えてあざとく映ったかもしれない。それを抑制する意味でも、浩之がただ毎回活躍する内容を避けたこの回の存在は案外意味を成すのかもしれないとも思うのだった。
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