『ToHeart』6話「憧れ」感想

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6話「憧れ」

全13話の本作において折り返し地点に相当するこの6話はまさにそれにふさわしい回になっている。初登場のキャラクター・雛山理緒を主役に据え、ここにきて浩之とあかりを客観視する目線を加えて作品に重層性をもたらずばかりか、なぜ浩之にあかりが惹かれたのかという動機、すなわち作品全体の牽引力の強化をも図っているのだ。ちなみにこの雛山理緒は、オープニングには映っていない…と思いきや、レミィが手を振るシーンで背景に映り込んでいる生徒である。

冒頭、早朝の新聞配達の最中に犬に追いかけられる理緒と浩之が顔を合わせるシーンから始まる。ここで理緒は自らの醜態を見られたことから顔を赤らめるのだが、仮にもギャルゲー原作だというのに、そういえばここまで赤面表現を用いてこなかったということにまず驚く。とはいえ、くまで純粋に恥ずかしいという感情表現であり、もはやラブコメの定番と称して粗製濫造されて久しいクリシェとは異なるだろう。

話は逸れたが、この雛山理緒とはこの後も何度か顔を合わせる偶々が重なり、浩之はその親切心と行動力もあって、あっという間に弟のプレゼント選びの手伝いにと外出の約束を取り付ける。展開がスムーズにもほどがあるのだが、一応今回は理緒の方にも積極的な動機があることが明らかになっていくのであまり無理やりな雰囲気がない。6話目にしてやっと主人公に思いを寄せる他の女の子キャラが出てきたのが新鮮ですらある。

選択の美術の授業で理緒についての情報を志保から聞かされる。このシーンはキャンバスに向き合い手を動かしながらやり取りする芝居付けが本作ならではな生活描写であり面白い。レミィと志保の戯れが白熱して先生に注意されるオチまで含めて、美術の時間の空気をコミカルに思い出させてくれる。この美術の授業風景は、このアニメの主題と言ってもいいあかりの浩之への目線で締めくられるが、次のシーンではこれが理緒視点に切り替わり、この回で新たにもたらされる視点者を印象付ける。

とある放課後、金欠を理由にあかりからの誘いを断り、犬に絡まれていた理緒を助けて下校を共にすることになる。互いに自己紹介することになる訳だが、理緒は以前から浩之を知っていた様子。(どうして名前を知っているのか浩之から問われた理緒は、朝の新聞配達の際に表札に書いてあったと答えるが、表札には「藤田」としか書いてないので、下の名前を知っている理由までは説明できていない。)理緒はバスケのシーンでも浩之を見つめていたように、浩之に密かに想いを寄せているのだろうと、この時点から読み取れる。この後にデパートに行くシーンでも、浩之が何気なく発した「デート」という言葉に独り反応を示し、その時間を楽しむ要素からして、理緒の片思いを描いていることそれ自体は、注意深く見なくとも見逃されることはまずないプロットである。

では、この回のタイトル「憧れ」とは一体誰の何に対する感情を指しているのか。これについて考えてみると、この回の真のプロットが浮き彫りになり面白い。この回でスポットライトが当たるのは初登場の理緒なので、見る前から彼女が密かに抱いていた感情であることは察しがつく。しかし、なぜ片思いの恋愛と直接結びつかないタイトルが付されているのだろう。もっと直接的に「片思い」とでも題してしまってもよかったはずだ。(それでは風情がないという批判はもっともである。)

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そこで、デパートで浩之と理緒が交わした会話が思い出される。ゴミ箱をぶちまけてしまい、それを救ってもらった理緒は、その時に浩之と知り合ったのだと述懐するが、当の浩之はそれを覚えていない様子。これは、1話冒頭で教材を落としてしまい泣いていたあかりと重ね合わさるエピソードである。しかし、幼少期から浩之のそばで時間を共に過ごしてきたあかりと、(一方的に思いを寄せながらも)最近になって知り合った理緒との間には埋めがたい溝がある。休み時間にバスケをしている浩之を見てもそこには浩之を応援するあかりの姿があるし、Aパートの終わり際でも浩之の姿を見かけて話しかけようとするもあかりの手伝いを面倒くさがりながらも引き受けている彼を遠くから見ているだけの理緒の視線が描かれ、二人の関係に割り込むことのできないこの第三者の眼差しがBパートへ橋渡しとなる。ショッピングの終わり際、浩之はなんだかんだ覚えていたあかりの好きなものをお土産に買うが、一方で理緒との会話で出てきた少女漫画といったワードには微妙に同調しきれないまま会話は打ち切られてしまう。帰路につく中、あかりとの間にある深い溝を捉えてきた理緒は、ほんのひと時の楽しい思い出を振り返りながら、自ら身を引くということを決意するわけだが、彼女がこの瞬間に至るまでの抱え続けていた思いがまさにあかりと浩之両者の関係への「憧れ」だったと見ることができるのではないだろうか。

電車に乗っている時から俯き加減だった顔つきが最後には上向いていくというたったそれだけの変化を、そこまで見てきたシーンのリフレインや劇伴の効果によって、台詞が排されているにも関わらず手に取るように理緒の心情を汲んだ情景になっている。ここで回顧される光景は紛れもなく視聴者が理緒と共に見てきたシーンの詰め合わせなのだが、そこで仄かに色付いているのは理緒だけであり、「憧れ」の対象である浩之はセピアに包まれたまま。最後にセピア色の浩之だけのカットがあり、同じ時間を過ごしながらも抱いている感情の違いが静かに明らかになった後の、BGMの終わりに重なるように、理緒は心の整理をつける。カットバックとアクションの連動から、彼女の振り切った心の動きが伝播してくる実に鮮やかな演出だ。

理緒とデートしていると志保から聞かされた日の夕暮れ時にあかりがショーウィンドウを前に、商品ではなくどこか遠くを見つめているような表情のカットはこの回のガラスへの映り込みや透過を描いたカット(理緒と一緒に下校するシーンでの店頭ガラスへの映り込み、ハンバーガーショップのガラス窓から浩之達の姿を見つけるあかりの姿等)の中でも特に素晴らしい仕上がりである。

あかりと浩之のいつもの朝が始まり、お土産にあげたクマのストラップが最後に映し出される。志保のいう通り「爽やかでささやかな出来事が過ぎ去っただけ」で、このアニメの恒例である「何も決定的な事件は起きていない」話であるに違いないのだが、あかり達にとってはたしかに刻まれた時間なのだろうとアイテム一つで実感させるラストカットだった。

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