男子チアを通して描かれる、諦めた先の一生懸命『チア男子!!』レビュー【ネタバレ】

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アイキャッチ画像: (C)朝井リョウ/集英社・LET’S GO BREAKERS PROJECT

こんにちは、雨の日は前髪がねじ曲がるワタリ(@wataridley)です。

今回は朝井リョウが書いた同名の小説を横浜流星と中尾暢樹のW主演で映画化した『チア男子‼︎』のレビューになります。

監督は今作が長編デビューとなる風間太樹。氏は過去に『帝一の國』や『恋は雨上がりのように』のスピンオフドラマの監督を務めています。

主演を務める横浜流星は、直近だと『L・DK ひとつ屋根の下、「スキ」がふたつ。』に出演するなど、若年の女性層から人気を得てきている俳優ですね。もう1人の主人公を演じた中尾暢樹は、自分は今作で初めて目にしましたが、横浜流星と年代は同じながらタイプの異なるもの同士で作品をリードしていました。

著者の朝井リョウの母校である早稲田大学に実在する男子チアリーディングチーム「SHOCKERS」にインスパイアされて書いた小説の映像化とあって、等身大な部活動ものという外観となっています。

女性がやるものとされるスポーツに男子が挑んでいく構図は、過去にも『ウィーターボーイズ』で見られたものではあります。しかし、今作には個人的な思い入れを抱くような素朴さが散りばめられており、その点では『ウィーターボーイズ』にはない持ち味があったように思えました。

以下に込み入った感想をネタバレ交じりに語っていきます。未見の方はご注意ください。


73/100

ワタリ
一言あらすじ「BREAKERSがBREAKするまで」

全身を使って等身大の大学生を演じたキャスト

今作を語る上で欠かすことのできないのが、横浜流星、中尾暢樹をはじめとしたキャストだ。

横浜流星は『L・DK ひとつ屋根の下、「スキ」がふたつ。』では非現実的なキャラクターになりきった演技が好感触だったが、今作では一転してその派手さは鳴りを潜めている。髪の毛の色が黒だからというのもあるが、それ以上に表情や佇まいが落ち着き払っていることが大きい。周囲の人と喋る時には柔和な声色で応じ、圧を感じさせない。

晴希のバックボーンをうまく捉えているからこその感じがよく出ていた。晴希はそれまでは家族に言われるがまま柔道をやっていた少年であり、それ故なのか他人に強く出るということがあまりない。怪我をして柔道を続行するかどうかという時にも、復帰するよう追い立ててくる姉をはっきりとは拒みきれない一面がある。

他方、中尾暢樹演じる一馬は、対照的に男子チアリーディングという未知の領域に踏み出し、晴希らを巻き込んで目標に向けて邁進する主体性がある。晴希よりもちょっとだけ表情の動きは快活に見えるし、臆さずに男子チアの勧誘で切り込んでいくところにエネルギーが感じられた。

そんな彼に誘われるがまま、なんとなくといった形で晴希は男子チアに加わっていく。なよなよしいと言い表すこともできそうな浮遊した感じを横浜流星はちょっとか細く柔らかな顔つきで演出しており、キャラクター性と実によくマッチしている。それでいて、きちんと他者を応援することのできる心根の優しさも持ち合わせているとはっきりわかるのだ。練習について行けずにいたトンこと遠野浩司と2人で休憩するシーンや、思いつめた徳川翔に夜の練習場で声をかけるには、ある種の包容感が伝わってきた。柔道をやっている姉を応援する時のちょっと不器用なエールからも、他人事を自分事としてみることのできる人柄が表れていた。

徳川翔を演じた瀬戸利樹は、横浜流星の柔和な感じとも、中尾暢樹の喜怒哀楽をはっきりと表すスタイルとも異なり、ある場面まではとても硬い印象を与えるように徹底している。これは彼が過去から引きずっているトラウマの大きさを顔で語っているからだろう。また、元よりチアリーディングに対する真摯な姿勢が、刺々しい彼の物言いとして表出してもいる。ともすれば嫌なヤツに傾きかねないキャラクターではあるが、真剣だからこその生真面目さが役柄に好感を持たせていたように思う。

メンバーの中で最年長の溝口渉役の浅香航大は、コメディリリーフ的な軽さを一方で演出して、一方では練習する時に苦しそうな汗をかく姿が記憶に残る。大学4年生になって最後に何かがしたいという彼の切実な悩みを堅物なキャラクターで面白みを持たせておきながら、練習の時にはその悩みからくる一生懸命さが露わになるところに、心打たれた。トンと握手するシーンや就活の模擬面接等、幾度か口元が緩ませてくれたことにも礼を言いたい。

チーム内でも運動能力や技の習得に人一倍苦労していたトンこと遠野浩司役の小平大智のかく汗や打ち込む姿にも目を見張っていた。チアリーディングを通じて成長しようともがく中で、彼は体力的につらい場面にも多く直面しているようで、1人だけバク転ができないことへの焦りが穏やかな彼の顔に投影されると、こちらも幾分胸が痛くなった。それでもめげずに練習を続けて精神的にも自信をつけていくトンの姿は、小平大智の真っ直ぐな感情表現によって一層頼もしく感じられ、腹から応援したくなる気持ちが喚起された。

そして、鈴木総一郎役の菅原健と長谷川弦役の岩谷翔吾の2人からも短い時間の中ではあるが、ドラマを感じ取ることができた。一馬にお互いの関係を尋ねられて大学生らしい駄弁に逸れていく時の掛け合いだとか、はしゃぐ時の朗らかな雰囲気が、まさに身近にいそうな友達関係を思わせる。総一郎は、上背があって関西弁のはっきりした喋り方によって、自信家のスポーツマンといったキャラ立ちをしているけれど、やはり彼も練習でうまくいかない時は苦しさや苛立ちを隠せない。そんな彼の背中を置いていかれないように焦り交じりの闘争心を燻らせる弦が、1人技の練習に励むシーンは印象的だ。2人組の関係と性格をごく自然に演じた2人の役者のおかげで、フォーカスされるシーンは僅かながら、各々にスッと感情移入することができた。

(C)朝井リョウ/集英社・LET’S GO BREAKERS PROJECT

 

ホンモノのパフォーマンスだから応援したくなる

こう振り返ってみると、『チア男子!!』の武器は一にも二にも実在感のある大学生を演じたキャストにあると確信する。

映画は全体的に技巧を凝らした作りにはなっておらず、順当に部活動(サークル)の結成、仲間集め、練習、衝突、乗り越えた先のパフォーマンスなどのオーソドックスな展開で大半が占められている。

ともすればありきたりな印象を与えかねないシナリオを特徴づけているのは、彼らのチアリーディングだ。

映画では晴希たちは、見よう見まねでスタンツやトータッチ等の技の練習をし、少々危なっかしいと感じさせる場面もしばし見られる。皆で1人を持ち上げる時も本来あるべき状態からは程遠く、不安定でおどおどした感じがする。

しかしそれ以上に目を奪われたのが、チアリーディングに没頭していく彼らの生き生きとした様子である。不安定だった仲間を支える手は徐々に安定し、持ち上げられる側も微塵も恐怖心を見せないようになる。作中口酸っぱく言われていた演技中の笑顔も、ごく自然に湧き上がったかのように変わっていくのだ。後ろで支える役目を担っていた渉にしても、当初は自分に与えられた喜びを味わい、苦しい練習を得て、真剣に役目を果たそうという頼もしさを身につけていく。

こうした練習を通しての変化は、脚本上のロジックよりも、演者によって説得力が増している。映画を製作するにあたって、おそらくは本人達は実際にチアリーディングの演技の練習をしたのだろう。そうした練習の成果と役柄上の喜怒哀楽がリンクすることで、画面内の彼らの練習風景が全く嘘っぽくなくなっている。

物語の最後にお披露目される学祭におけるパフォーマンスも、フィクション内のドラマと演者が練習してきた実際の力量が一気に発散されていた。お陰で、そこに観客として来ていた蕎麦屋の店主や唐田えりか演じる翔の友人のような気分に、自分もなることができた。

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(C)朝井リョウ/集英社・LET’S GO BREAKERS PROJECT

 

折々に光る映画的技法

リアルで親しみやすい大学生像に憑依したキャストと、彼らのパフォーマンスが見どころになってはいるが、今作は演出もまた所々で光っている。

練習の場面ではキャストに委ねているという絵が多いものの、日常的な場面では殊の外演出が登場人物の心情を引き立てている。

例えば映画の序盤において、怪我をした晴希は一馬が運転する自転車の荷台に乗って、彼のチアリーディング部結成の話を聞かされるシーンがある。この時は自転車を操る一馬が、2人の話においてもドライバーとなって、怪我をして意気消沈気味の晴希をチアに誘うわけだ。この関係は終盤においては一転しており、今度は晴希が一馬を自転車の荷台に乗せて走る場面が映される。日増しに生気を失くしていく祖母に意気消沈した一馬が、当初は彼のお陰でチアを始めた晴希によってリードされることになっている。2人の関係の変化を、自転車の位置関係によって描き出し、それを捉えているというところに感心させられた。

日常的な風景を活用した演出は他にもある。晴希が「柔道をやめる」という決意をした次の日、そして一馬がチアをやめる心持ちでいた時には、きまって道が二手に分かれている角で彼らは会話を交わしている。帰路に立つ、ということを道端の構図で印象付けている。

また、彼らの演技を認めた翔がついにチアリーディング部に加入し、メンバーに練習メニューを渡す場面では光陰が効果的に用いられている。翔は加入前は、チアリーディング部の演技を見て、その未熟さとかつての自分の失敗を重ねて、かなり神経が逆立っているようであった。しかし、チアリーディング部が本気で演技を上達させたいという想いを練習の成果として目の当たりにした彼は、晴れて仲間の一員となる。技の難易度について語っていた真剣な表情は遮光カーテンの引き上げられると、朗らかなものになる。ファッションへのツッコミといった学生らしいやり取りは何気ないものではあるが、曇っていた翔の胸には少なからず癒しになっていたのではないか。このように室内に差し込んでくる光ひとつで、翔の心情が伝わってきたのである。

いよいよ7人揃い、練習も本格化する中、一馬が正式なチーム名BREAKERSを宣言するシーンも陽の光があった。眩しいほどの夕日をバックに腕を掲げるカットは、直視するには眩しすぎる一馬の活力を画面中央のシルエットとして視覚化しているようで、とても好きだ。

今作は全体的に工夫に富んだ映画とはなっていない、青春ものらしい真っ直ぐさが前面に出ているが、このような重要な場面における演出はきちんと凝らされている。その甲斐あって、BREAKERSに格段と感情移入しやすくなっていた。

(C)朝井リョウ/集英社・LET’S GO BREAKERS PROJECT

 

何かをするということは何かを諦めることでもある

この映画は大学生たちを主人公にしている。原作者である朝井リョウは、『何者』においては就職活動に従事する就活生を、『桐島、部活やめるってよ』ではお互いに融け合わず並立した高校生たちの人間模様を書いていたこともあって、ある状況に立たされた人々の特徴を捉えるのに長けている。

この『チア男子‼︎』においても、それは例外ではない。大学生という時期は、作中で清水くるみ演じる晴希の姉が言っていたように、今までやっていたことを辞めて別の何かを始めるのにはうってつけではある。個人差はあれど、日本の大学では学業に従事する時間が諸外国に比べて少なく、その代わりに課外活動を好き好きに行えるだけの時間が与えられている。中学高校までは顧問が管理する運動部に属していても、大学に入ったらスポーツそのものをやめてしまう人も珍しくはない。

同様に晴希も、怪我というきっかけこそ描かれているが、それまでやっていた柔道をやめて未踏のチアリーディングに入っていく。同じく柔道をやっていた一馬も祖母に見てもらいたいという想いから男子チアリーディング部を始め、渉やトンもまた大学在学中に何かがしたいという想いに駆られ入部してきた。総一郎と弦も一馬の誘いを受けて、それまでのコースアウトしている。大学という緩やかで自由な場所だからこそ、途中から何かを始められるのである。

一方、何かを始めるということの側面を、今作は忘れずに描いている。それは、柔道をやっていた晴希が姉の反発を押し切ってチアを始めるエピソードにおいて顕著である。

柔道一家だからというだけで柔道をやってきた晴希は、消極的であるがゆえに、怪我がきっかけで遠ざかってしまう。しかし、姉は彼の復帰を強く望み、食卓のシーンでは食べ物を分けて怪我を治すように諭す。そんな彼女の願いは結実せず、晴希は怪我が治っても柔道に復帰することはなく、チアリーディング部の活動に身を入れていく。

親友の一馬が強く勧めてきたからというのもあるかもしれないが、晴希が柔道をやめてチアをやる決意をした背景には、素直に自分のやりたいことがしたいという根源的な欲求がある。誰かに言われたからやるのではなく、やりたいからやる。チアリーディング部は、なにもかも手探りで、監督してくれる人もいない状態からスタートしているが、みんなで集まって練習する時の景色はとても楽しそうである。こうした練習の描写があるからこそ、晴希が熱を入れるようになっていく様子はごく自然と納得できる。

大学生になって何かを始める際、それは何かをやめることではある。その際に生じる摩擦が、今作では姉とのピリピリした関係として描かれているわけである。ただ単に、まっさらな小学生や中学生が部活動を始めるのとは別に、大学生はそれまでの経歴がある程度固まっている身分だからこその苦しみを避けずに描いている今作は新鮮に思える。

アップル社共同設立者の1人、スティーブ・ジョブズは、「何をしてきたかと同じくらい、何をしてこなかったのかを誇りたい。」と言っていたそうだ。晴希にあてはめれば、彼はチアリーディングをやるために、柔道をしないことを選択した。そして晴希は柔道を諦めた先で、出会うべくもなかった仲間たちと出会い、学祭という大舞台で輝く機会を得ることができた。

辞めるということはネガティブ一色ではないということを伝えつつ、それでも彼が柔道をやっていた頃の応援はチアに引き継がれて生き続けているとも思えるようになっている。大学生という時期に新たなことに打ち込む感じを描きつつ、何かを始める、あるいは始めた自分たちに当てはめることもできるドラマだから、見る側も全くの他人事とは思えないはずだ。

一馬に対して晴希が言った「みんな誰かのためじゃなく自分のためにチアをやっている」という言葉も、映画を見ている我々にとっての何事にも向けられる。自分ためにやっているのとが他者のためになるというのはありとあらゆる社会の仕組みである。

大学生というフィルターを通して、一生懸命になることの苦楽と意義を見せてくれるという点で、観た後にはたしかな満足感を得ることができた。

(C)朝井リョウ/集英社・LET’S GO BREAKERS PROJECT

 

まとめ: 男子チアリーディング部をまた見たい

自分はとある形で今作の題材である男子チアリーディングに関わったことがある。そこで、一馬のようにエネルギッシュな人や渉やトンのように体を動かし、上達することの楽しさを覚える人と出会った。今作の練習シーンを見ていると、その時のことを思い出して、男子チアの魅力を再確認した。

現在、原作者の朝井リョウが今作に登場するBREAKERSのモデルとした早稲田大学のSHOCKERSの他に、明治大学のANCHORS、同志社大学のBURNERSなどの男子チアリーディングチームがある。今作は、それらのチームへの刺激や新たなチームの誕生のきっかけになるのではないかと思えるぐらい良かった。参加したキャストが今後活躍し、それに引きつられて今作もまた再評価されてほしいと思う。それぐらい埋もれるには惜しい作品だ。

派手さや意外性はないが、チアリーディングの如く、観れば明日への活力を確と貰える一作だ。

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4 件のコメント

  • 今まで映画や小説で元気を貰えるなんて・・・とひねくれた私でしたが、本当に元気を貰えた大好きな映画です。
    3回観たのですが気付かない点がありました。教えてくださってありがとうございます。
    また観たくなりました。

    • コメントありがとうがざいます!
      チアリーディングの題材に見合う、元気が出る映画ですよね。
      自分も折に触れて見直したいと思います。

  • はじめまして。
    風間太樹監督がTwitterでこちらのリンクをツイートしてらっしゃたので、拝読させていただきました。
    素晴らしい記事で、感激しました。
    これを読んだら映画チア男子を観たいと思うかたが増えると私も思います。
    実は私の地元の映画館では本日からチア男子が上映なので、ひとりでも多くのかたに観てもらいたいと思って、Twitterで呟いています。
    そこで、この記事のリンクを貼らせていただきたく、宜しくお願いいたします。

    • わざわざコメントいただきありがとうございます。

      自分も監督の耳に入るとは思っていなかったのでびっくりしました。
      冬みかんさんの反応含めてチア男子のファン熱を感じてます。

      記事へのリンクは先に掲載していただいて大丈夫ですよ。

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